第7話

  ■2月28日  00:30 ミード・ブライダル会館 八階 化粧室


「はぁぁぁぁ」


 BS:快盗!ナイトビジョンの新人リポーター、矢名瀬は鏡を前に頭を抱えていた。


「失敗したぁぁ。喜多河さんとかも遠くでニヤニヤしてたし」


 三浦に言われ勢い込んでやった初の食レポ。そこで大空回りをしてしまったのだ。


「喜多河の馬鹿親父……。アレ、絶対後でネチネチ言ってくる。いやだぁぁぁ」


 そうしてひとしきり落ち込んだのち、矢名瀬はリップを塗り直し、頬をぱんとたたいて気合いを入れなおす。


「よしっ。次だ次。次で挽回すればいい。快盗キャスパリーグにインタビューするくらいのスクープがあれば失敗だって挽回できる」


 矢名瀬は立ち上がった。


「あ、でも前の喜多河みたいなインタビューはだめだな。あの親父、すっかりだまされてるし」


 そうやって気分を上げていった矢名瀬は、最後に「がんばろっと」と小さくガッツポーズを決めて、化粧室の外へと飛び出した。


「――わっとぉ」

「――おっとっと」


 飛び出した先で廊下にいた人影に当たりそうになる。


「あ、すみません……。って、三浦さんじゃないですか。あれ? 今控え室に詰めてるんじゃ……」

「あ、いえ……」

 三浦は額をさする。

「実はお茶を飲み過ぎて……、ちょっとお手洗いの方に」

「あ、なるほど。そう言えばホールでペットボトルを開けてましたもんね」


 納得したのか、柳瀬はうんうんと首を振る。


「ああ、見られてたんですか。それはお恥ずかしいところを……」

「ああ、いえ。全然です。私も緊張すると喉が渇いちゃうんですよ」

 一緒ですねと矢名瀬は笑う。

「あ、そうだ。三浦さんに謝らないといけないことが……」

「はい、なんです?」


 三浦はそわそわしながら聞いた。


「あの、三浦さんがせっかく食レポを頼んでくれたのに失敗しちゃったんです。ごめんなさい」


 矢名瀬は大きく頭を下げた。


「ああ、そういうことですか。いや、いいんですよ。あくまで食レポはこの事件の余録みたいなものですし。練習と思って是非是非使っちゃってください」


 そう言いながらも三浦はチラチラと廊下の先を気にする。

 矢名瀬もそれに気づいて、廊下の先を見てああと得心をした。


「えっと、お手洗いに急いでたんですよね。お引き留めしてすみません」

「いえ、こちらこそ、お恥ずかしいところを見せて申し訳ない」


 それではとトイレに向かって小走りをする。

 それを見て矢名瀬はくすりと笑った。


「そんなに急いでたのかぁ。引き留めて悪いことしちゃったな。……でも思わぬ気分転換になっちゃった。がんばろっと」


 気分を新たにホールに向かう矢名瀬。そんな彼女にチームのカメラマンが駆け寄ってきた。


「そんなに急いでどうしたんですか」

「どうしたもこうしたも……。出たんだよ、快盗キャスパリーグが」


 矢名瀬はカメラマンと一緒に駆け出していった。




  ■ 2月28日 00:15 ミード・ブライダル会館 八階 大ホール前


 時間は少し巻き戻る。

 吉柳は厳しい顔で、ホール内を行き交う人々を、そして金庫のある控え室の扉を見つめていた。

 そんな中、一人の男が声を上げた。


「おい、あれを見ろ!」


 男が見ているのはビルの外。指さすのは大通りを挟んだ向かいの高層ビル、その屋上だ。

 よく見るとそこに、自らライトアップした人影が見える。


「もしかしてアレ、キャスパリーグじゃないのか?」

「向こうのビルが高すぎて、これじゃあ誰だか判別できん」

「カメラ回せ、カメラ」


 途端に皆がざわつきはじめ、カメラを持ったものが窓際に集まる。


「おい、映像こっちに回せ」

「もっとカメラ寄せろー」


 ホールに配置されたいくつものモニターに、屋上に立つ人影が映し出された。

 ズームしていくカメラが写しだしたのは、黒のインバネスを着た白面の男。風にあおられ裏地の赤が翻る。

 ――快盗キャスパリーグだ。


「おい、ちょっと待て。あっちにも誰かいないか?」


 キャスパリーグの立つビル。その隣のビルの屋上もライトアップしている。そこにも人影が一つ

 気を利かせたカメラが映像をそちらへ移し、寄っていく。

 映し出されたのは――。


「白面にインバネス……。キャスパリーグだ」

「待て待て待て、その隣のビルも……」


 会場にどよめきが走る。


「おいおい、いったい何人いるんだよ」

「ひのふの……都合5人か……」

「いいからカメラわけろ。協力し合え」

「くっそ、誰が本物なんだよ」

「雨が降ってるせいでわかりづらいな」

「当たりの確立は5分の1だ。なあに競馬に行くよりゃ分がいい」


 時を移さず、すべてのキャスパリーグが会場のモニターに映し出された。

 そんなカメラを意識してか、キャスパリーグは胸に手をつき大仰に頭を下げる。


『――ツッ、――ザザッ』


 会場のスピーカーにノイズが走る。


『さあ、快盗の時間だ。キャスパリーグ、これよりお宝を頂く』


 スピーカー越しのそんな声と共に、5人のキャスパリーグが屋上から飛び降りた。

 バッとパラシュートが開く。向かう先はミードブライダル会館、その屋上のドームだ。


「おいおい、もしかして数にまかせた強行突破か?」

「協力者がいるなんて聞いてないぞ」

「おい、屋上に行くぞ」


 マスコミは三々五々に動き出す。屋上行きの階段そばに陣取る者、ホールのドーム天井を注視する者、様々だ。

 そんな中、吉柳はじっと動かずホール前に陣取り続けていた。

 喜多河が、その吉柳に向けて歩み寄る。


「あれ、まだこんな所にいたんですか? 吉柳さん。予想が外れて、いや私の予想が当たって空からキャスパリーグが来たわけですが、今どんなお気持ちですか?」

「ちっ」


 吉柳は舌打ちをし、どっかに行けとばかりに手を振って答える。


「そう邪険にしないでくださいよ。吉柳さんもキャスパリーグをここで待つなら今は暇でしょ? 私も今は手隙ですからインタビューに答えてくださいよ。本職の探偵が素人の私に予想で負けるなんて……。お気持ちいかがですか?」


 喜多河は回り込むようにして吉柳の前にマイクを持ってくる。

 吉柳がそれをにらみつけるも喜多河は意に介さない。


「大丈夫大丈夫、吉柳さんには触れませんから。で、どうなんです? 質問に答えてくださいよ」


 あまりのしつこさに閉口していると、井草警部が助け船を出してきた。


「吉柳君、ここはいいから……。君は屋上の方に行ってくれないか?」

「しかし……」


 吉柳は井草警部に抗議しようとする。


「なになに? 吉柳さんはこの期に及んでまだ内部にキャスパリーグがいると思ってるんですか?」


 なおも吉柳にまとわりつこうとする喜多河を、井草警部は止める。


「喜多河さん、これ以上ここにおられると捜査の邪魔になります」

「何を言ってるんですか井草警部、私が質問してるのはあくまで私立探偵の吉柳さんですよ。警察の捜査に関係はありませんよね。それに、我々視聴者には知る権利があるんです」

「もちろんそれは、わかっていますから……」


 そう言いつつ、井草警部は吉柳に目配せする。

 吉柳もこれ以上ここにいては、逆に捜査の邪魔になると思い、後ろ髪を引かれつつも屋上の階段へと向かっていった。


「喜多河さんもどうぞこちらへ。私に答えられることなら答えますんで。あー君。この場を頼む」


 そう言って井草警部は部下の警官にこの場を任せつつ、吉柳から喜多河をなんとか引き離した。

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