家から出たくないの、ホントは

オオムラ ハルキ

コタツムリから脱皮して、制服に袖通したのは春の終わり

 急激に世界に名を轟かせたウイルスは思っていたより強敵だった。春が来る前に、早々と学校は休校になって、電車で咳やくしゃみをするだけで白い目で見られるようになって、テレワークも導入されて…色々その時期に起こる普通が普通じゃなくなったわけさ。もしかして、ここは14世紀?と錯覚しそうになる。ペストマスクから形態はだいぶ変わったけどマスクで口と鼻を覆うことはマナーになった。目の上だけのかわいさで勝負している女子たちを見ると、あぁ、これペストマスクするようになったらお化粧しなくて良くなって、彼女たちの朝の努力も要らなくなるなとか考えてしまう。世界史選択の考えの賜物だ。(いえ、すみませんお化粧が苦手なだけです。決してお化粧する時間を朝ごはんを目一杯食べ、二度寝する時間に当ててることを誇らしく思ってるとか、そんな、そんなわけはない、…ないデスよ?)

 その変化が起こった普通の中に[おうち時間]というものがある。このネーミングセンスは個人的になかなかイカしてると思う。この時間はあたしにとっては[適材適所]を見つけるいい機会だった。ちょっと不謹慎かもしれないけど。

 巷でいわれる青い春とやらを潰された代償は大きいし、(ホントは、青春?なにそれ美味しいのって感じだけど…苦笑)外に出るなって、学生をニート化したいのかい?と怒りが沸き起こることもあった。でもね、ここであたしはその怒りを発散するためにか抗議するんじゃなくて、発想の転換をしたわけ。そう、ハッソウノテンカン。何事も面白いものにした方が人生八十年っていう短さを考えるといいように思うでしょ?

 緊急事態宣言云々云々で休校措置がいつとかれるかっていうのだけを見て、終わりの日を逆算してある程度勉強という名の[すべきこと]をこなす。それでも尚暇になる時間を、[最高のおうち空間]について考える時間にあたしはあてることにした。ここ大切です。テストに出ますよ。

 [最高のおうち空間]って一体なんぞや?って考えてみるのは意外に楽しい。思ってるよりもずっと、きっとね。考え始めたのは、我が家の居間からコタツが消え失せ、窓を開けると花粉軍が鼻腔を攻撃してくるぐらいからだった。だから、第一候補[コタツでまったり猫になる作戦]は早々と候補から消えてしまった。(これは母の陰謀でもある…無念)また、第二候補[布団の中に一日いよう作戦]も、同様にして「もう暖かくなるから」と、撤収を余儀なくされた。(母よ、さてはあたしの考えが読めているのだな…)この二つの候補からも分かるかもしれないが、あたしはこの春という季節に[ぬくぬく]というものを求めている。おうちの中の空間で一番コンディションの良い状態でいられる場所の条件としてこれは欠かせない。あぁ、母上よ、母上様よ。あたしに[ぬくぬく]をお恵み下さい。続く第三候補は南窓のカーテンの横。母に阻害されない場所を見つけたという喜びを噛み締めたのも束の間、今度は天気にやられた。(は、春の嵐なんて、嫌いなんだから…ホントに…いい加減にしなさいよ。もう。どうしょうもできないじゃないかぁぁあ…以下略)第四、第五第六候補は悉く適さず、また、[登校]というタイムリミットもあったから、焦る焦る焦る。

 でも、こうして考えていると暇を潰せるし、おうちの地理を理解できる。自分に課すミッションをこなしている間は、自分がホントは缶詰状態であることを忘れられる。今の私はまだ、道半ばだからツナ缶ってところかしら。まだまだ、いくわよ…







———— とあるリポーターの手記より —————


 こうして、とある女学生は[おうち時間]について、考えに考えを重ね、ついにお家から出たくなくなってしまった。その頃にはもう、ツナ缶も、にんにくマシマシの高級オイルサーディンぐらいに進化していたというわけだ。でも、この期間を通して彼女は[おうち時間]の黄金比を手に入れた。それは、彼女だけの秘密だから、ここには明記しないでおく。みんなお家から出られなくなっちゃうからね。ちなみにこれはウイルスが流行り始めて間もない頃の彼女の話。

 さて、無慈悲にも2020年の緊急事態宣言は解かれたわけで、彼女も学校にトホホ顔で行ったのだが、2021年に入ったこの春もまた、去年と同じ春になっている。緊急事態宣言リターンズだ。彼女の様子を伺ってみると、件の黄金比が炸裂して休みを謳歌していた。

 果たして、今年の春、彼女は制服の袖に腕をきちんと通せるのか。見ものである。

 かくいう私も彼女の様子を観察していたら、おうちから出たくなくなってしまった。










帰りたい場所がある。

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