25 ガールズトーク



 数時間後――めいに割り当てられた部屋に、布団が二つ並べられていた。そこに揃って潜り込むも、二人の女性はまだ眠れそうにない。

 何だかんだでワクワクしていた。

 お茶もお菓子もない、単なるパジャマトーク。しかしそれがいいと、莉子はひっそりと拳を握る。


「なんかこーゆーのって、新鮮でいいわぁ」


 枕を抱えてうつぶせになりながら、めいがクスクスと笑う。


「考えてみたら私、パジャマパーティー的なのって、やったことないのよね」

「へぇ、そうなんですか? ちょっと意外――めいさんクラスなら、フツーにたくさんやってるイメージなのに……」

「私クラスって何よ?」


 素直に驚く莉子に対し、めいは苦笑する。もっともこういった話題は、色々な場所でぶつかってきたことでもあるため、それほど驚くこともない。

 だからめいも、落ち着きを保ちつつ語ることができる。


「……それなりに友達はいたけど、殆ど学校の中だけだったわ。卒業したらそれっきりっていう感じね」

「あー、そーゆーことですか」

「よくあるパターンだと思ってくれるかしら?」

「思いますね。私も殆どがそうでしたし」


 莉子とめいが笑い合う。歳は割と離れているほうだが、まるで同級生と話しているような感覚であった。

 これも、十代の頃では考えられなかったことだ。

 中学生や高校生の時では、一つ上の先輩でさえ一回り大きく見えた。それがこうして大人になれば、一つどころか五歳や六歳年上でも、それほど変わらないように見えるから不思議なものである。

 気の合う友達であり、先輩ないし後輩でもある――それが今の二人における、相手への認識だった。


「それでも、気兼ねなく相談できる人が一人だけいたんです。私が高校卒業して家を飛び出した時も、その人が助けてくれて……感謝してもしきれません」

「そう……良かったわね」

「はい」


 莉子は嬉しそうに笑った。同時にめいは思う。その人物は莉子にとって、それはもう本当に大きな存在なのだろうと。

 だからこそ、今の言葉も本音として出せたのだ。

 取り繕っているものでないことは、聞いていてすぐに分かった。そんな存在がいるなんて凄いと思うし、羨ましくも感じる。

 果たして自分にはいるだろうか――そんなことをめいが思っていた時だった。


「――にぅ」


 いつの間にか起きていたマシロが、トコトコと歩いてきた。そしてめいの枕元から彼女の布団の中に入り込む。そしてニュッと首だけを出してきたのだった。


「にぅ」

「あらあら、一緒に寝たいの?」


 顎を撫でると、マシロは気持ち良さそうに喉を鳴らす。その表情を見るだけで、自然とめいの顔に優しい笑みが宿ってくる。

 そんな彼女の姿に対し、莉子も羨ましそうに視線を向けていた。


「めいさん、なんかもうすっかり『ママ』っぽいですね」

「えっ? 何よ、急に……」


 軽く驚きながら惚けようとするめいだったが、その声は割と嬉しそうだと、莉子はなんとなく思った。


「今のやり取り聞いてたら、誰だってそう思いますって。仮に小さな子供が枕を持ってここに来たら、しょうがないとかなんとか言いながら迎え入れちゃう姿が、容易に想像できるってもんですよ」

「……そこまで?」

「えぇ」


 枕に頭を沈めたまま、莉子が即答する。めいは戸惑いを見せていたが、すぐに開き直ったかのように苦笑した。


「でも、流石にそれはどうかしらね? そもそも私、結婚できるかどうかも分からない状態だし……」

「結婚なら兄さんとすればいいじゃないですか」


 あっけらかんと莉子は言う。めいは思わず絶句してしまうが、莉子は構わず涼しげな笑みを向けてくる。


「めいさんと兄さんは、フツーにお似合いだと思いますよ。妹として保証します」

「もう……だからどうしてそうなるの?」

「別にふざけてませんよ」


 窘めようとするめいだったが、莉子の声のトーンは本気のそれであった。


「今の会社なんて辞めて、『ねこみや』に再就職しちゃうのも、立派な一つの手だと思いますよ? 兄さんもきっと迎え入れてくれます」

「さ、流石に……そんな簡単に決められるようなことじゃないし……」


 視線を逸らすめい。マシロの背中を撫で続けているのは、無意識に落ち着きを保とうとしている証拠であった。


「まぁ、確かにそうですよね。けど――」


 莉子は軽くため息をつきながら頷き、そして目力を込めてめいを見据える。


「冗談抜きで、めいさんは今後の身の振り方を考えていくべきですよ。いつまでも今の状況を続けるワケにもいかないじゃないですか。あくまで逃げの手を打っているだけに過ぎないんですから」

「それは……」


 正論、としか言いようがない。何かしらの答えを出さなければならず、それは早ければ早いほうがいいのも間違いはないのだ。

 何歳も年下の子に指摘されるなんて――めいは情けない気持ちで満たされる。

 そんなめいの表情に、莉子も気づいて小さく笑う。


「まぁ、無理して答えを出す必要もないとは思いますけどね。それにきっと、めいさんならそこらへんのことも分かってるでしょうし……なんか偉そうなことを言ってすみませんでした」

「……ううん。莉子さんの言うとおりよ。ありがたく心に留めておくわ」


 いつまでも逃げてはいられない。それを改めて莉子に教えられた――そう思っためいは、表情を引き締める。


「猫太朗さんのことも、私は特別な存在だと思っているわ」


 そして、さっき誤魔化そうとしていたことに対して、自分なりの気持ちを口に出すことに決めたのだった。


「ただ正直……分からないのよね」

「分からない?」

「えぇ。恩人であるし、本当にいい人だとも思ってはいるんだけど……それが一生の付き合いになるかどうかまでは、ちょっと……」

「難しく考えなくてもいいと思いますよ? めいさんが猫太朗さんと一緒にいたいかどうかという、ただそれだけのことじゃないですか」

「……私には簡単に考えられないわ」


 めいは少し落ち込んだ様子で、いつの間にか眠りこけているマシロを見つめる。


「ただでさえ猫太朗さんには迷惑をかけっぱなしだというのに、私の勝手な気持ちを押し付けるようなことをしたら、もっと困らせるもの」

「めいさん……」

「だから正直、私は今の状態だけでも、十分過ぎるくらい幸せなのよ」


 精いっぱいの笑顔を浮かべているめいであったが、その言葉は自分に言い聞かせているようでもあった。

 当然、莉子もそれをしっかりと見抜いている。

 だからこそ、今の言葉に対して、これだけは言いたくて仕方がなかった。


「――私には、めいさんがただ、怖がっているだけにしか見えないですけどね」


 ため息をつく莉子に対し、めいは再び目を見開いた。


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