11 神坂家の秘密
「なるほど……あなたも大変な人生を歩まれてきたようですね」
そんな猫太朗の言葉に、めいは眉をピクッと動かす。
「も、ってことは、猫太朗さんも?」
「えぇ。それなりの人生を送っている自負はありますよ。もし良ければ、ここで聞かせて差し上げますが?」
その瞬間、めいは思わず息を飲んだ。正直、かなり興味はある。しかし素直に聞いていいのだろうかと、妙な不安が押し寄せてきてならない。
そんなめいの表情を読んだのか、猫太朗はニッコリと微笑んできた。
「別に隠すようなことでもないので、遠慮はいりませんよ」
「えっと、じゃあその……お願いします」
「かしこまりました」
猫太朗は頷き、腕を組みながら店の中を見渡していく。
「僕がクロベエとともに、この店を経営することとなるお話……とでも最初に言っておきましょうか」
「にゃあっ!」
クロベエが鳴き声とともに、テーブルに飛び乗ってくる。それだけでもめいは、興味が更に湧いた。
身を乗り出す勢いで耳を傾けてくる彼女に、クロベエと同じくテーブルに飛び乗るなり、ジッと猫太朗とクロベエを見つめてくるマシロ。そんな彼女たちの強い視線が猫太朗を苦笑させる。
「――そもそも、この喫茶店のある土地は、僕の祖父の家の敷地だったんです。昔は結構有名だったらしいですよ? 『猫を愛する変わった一族』としてね」
神坂家と言えば猫――そう呼ばれるくらいに、猫を愛していた。その昔は猫の妖怪を従え、一緒に暮らしていたとも言われているが、真相は謎である。
紛れもなく上流階級に属しており、歴史はかなり長いほうだと言われていた。
「名門……だったんですか?」
「らしいですよ。今では知っている人もどれだけいるか、分かりませんがね」
猫太朗は袋からコーヒー豆を取り出し、それを丁寧に挽く。
「神坂家の詳細については、実のところ僕もよく知らないんです。興味がないということに加えて、祖父も気にしなくていいと言ってましたし」
「随分とおおらかな方なんですね」
「えぇ。本当に……」
話ながら引いた豆にお湯を注いでいく猫太朗。話を聞くのに夢中で、めいはそれに気づいてすらいない。
「祖父が亡くなって、家は敷地ごと、僕がまるっと引き継ぐ形となりました。しかしとても僕一人の手には余り過ぎるレベルでしたので、さっさと自分好みに作り変えてしまったという感じですね」
「それが、この喫茶店ということですか?」
「後は自然公園ですね。小さなものではありますけど」
「あ、この隣の……あれもそうだったんですね」
めいは驚きの反応を示す。
「初めて見たときは驚きましたよ。こんなところがあったんだなーって」
「でしょうね。ちなみに隣の公園ですが……昼間は動物のお散歩で来られる方も、割と多かったりするんですよ」
「そうなんですね」
ここでめいは、少しだけ落ち込んだ表情を見せる。
「この街には割と長く住んでるんですけど、ホント不覚です」
「そんなもんですよ。近所ほど気づかないというのも、よくある話でしょう」
ミルクと角砂糖を備え付けたティーカップを、猫太朗はめいの前に置いた。
「どうぞ。僕からのサービスです」
「え? そんな悪いですよ」
「ただ聞いているだけじゃ退屈でしょう? 遠慮せず受け取ってください」
「は、はぁ……それじゃあ遠慮なく」
結局押し切られてしまい、めいはコーヒーを受け取る。一個分の角砂糖と多めのミルクを注ぎ、ティースプーンでよく混ぜる。苦いのが苦手なのだ。
子供っぽいでしょうか――照れた表情でそう尋ねたことがあったのを、猫太朗は何故か思い出す。
不覚にも可愛いと感じたのは、彼の胸の中に留められている。
「さて、話の続きを進めていきましょうか」
そして猫太朗は、明るい声でそう切り出した――が、すぐに困ったような笑みを浮かべてくる。
「えっと……すみません、どこまで話しましたっけ?」
「喫茶店と自然公園を設立したという……」
「あぁ、そうでしたね。ウッカリ頭の中から抜けてしまってました」
誤魔化すように笑う猫太朗に対し、めいも笑みを浮かべるだけで何も言わない。よくあることだと思うし、むしろ彼に対する珍しい一面が見れたみたいな、小さな嬉しさも感じた。
なんかもうこれだけで凄く楽しい――しかし彼の話ももう少し聞きたい。
そう思っためいはコーヒーを一口飲み、そして問いかける。
「クロベエちゃんとは、その後に出会ったんですか?」
「えぇ。この店をオープンしてすぐの頃に、ふらりと迷い込みましてね。そこを僕が保護して、そのままここに居ついていると言ったところです」
「なるほど……いいご主人様に出会えたわね?」
「にゃっ!」
背中を優しく撫でてくるめいに、クロベエは鳴き声で答える。それが更なる可愛さを感じさせ、思わず頬が緩んでしまう。
「クロベエちゃんにとっては、猫太朗さんが唯一の家族か……あ、そういえば!」
ここでめいは、ある一つのことが気になりだした。
「猫太朗さんの家族っておられるんですか? ご兄弟とか、ご両親とか――」
「いますよ、一応」
あっけらかんと答える猫太朗であったが、めいは少し引っかかった。
「一応、ですか……」
「えぇ」
若干の戸惑いを込めて問いかけるも、猫太朗の口調は変わらない。たとえ秘密にしておくつもりはなくとも、思うところはあるのだろう。彼は少しだけ困ったような笑みを浮かべ、人差し指で軽く頬を掻いた。
「正確には一応いると『思う』って感じですかね。幼少期を最後に全く顔も合わせてないですし、連絡も取ってませんから」
それを聞いためいは、カップを持つ手をピタッと止めてしまい、視線は猫太朗に向けられたまま、硬直してしまっている。
言葉が喉の奥から出てこない。何かを言いたいのに、何も言えない。
そもそもどんな言葉をかけようか――その考えどころか、真っ白な景色すらも浮かべられないほどの驚きが、めいの中を支配していた。
「まぁ、その原因も僕にあったんですけどね」
猫太朗は肩をすくめ、自虐的に笑う。
「持って生まれた特殊体質が、僕を両親から引き離してくれたんですよ」
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