柴犬センパイの話
霜月このは
柴犬センパイの話
ボクにはセンパイがいる。
17歳のオスの柴犬。
ちなみにボクは1歳のメス犬だから、ボクからしたら、大大大センパイなのだ。
柴犬といえばピンと立った耳に、クルンとした尻尾のイメージがあると思うけど、センパイの耳と尻尾は垂れてることが多い。
ご主人サマは「もうおじいちゃんだから」と、よく言う。
ボクがこの家に来たのは、生後2ヶ月の頃らしい。
あんまり覚えてないんだけど、身体も声も大きいセンパイに、最初は怯えていた。
一度間違えて、センパイのごはんを食べちゃったときは、ちょっとだけ怒られた。
でも、すぐに許してくれた。
センパイは優しい。
最近、ボクらのご主人サマは、おうちにいることが多くなった。
ご主人サマが近くにいてくれるから、ボクはとっても嬉しくなった。
センパイも喜ぶかなぁ、と思っていたんだけど、センパイは最近はずっと寝ている。
ボクは遊びたくて、センパイのところに行くけど、センパイは面倒くさそうに、チラっと見るだけで、またすぐに寝てしまう。
つまんないの。
最近のご主人サマは、センパイのことばっかり抱っこしてる。
ボクはちょっと寂しくなる。
だけど、最近のセンパイは、ごはんをこっそりボクに分けてくれる。
ご主人サマにはナイショだよって言われたから、ボクはこっそり、ふたり分食べてる。
だから、ちょっと太ってきちゃった。
ボクが大きくなったからか、わからないけど、センパイは前よりも小さく見える。
ごはんを食べないからかもしれない。
センパイ、ボクなんかに分けなくていいから、もっと食べればいいのに。
昨日、久しぶりの人が帰ってきた。おねえちゃんだ。
おねえちゃんは、ご主人サマの「ムスメ」って言うやつらしい。むずかしいことは、ボクはよくわからない。
おねえちゃんは、いつもはトーキョーっていうところに行っていて、おうちに帰ってくるのは、しばらくぶりだ。
ボクはとっても嬉しくなった。
おねえちゃんは、ボクと同じくらいの背の高さの、初めて見るやつを連れてきた。
4本足のくせに、ボクよりも歩くのが遅くて、どんくさいやつだ。
でも見た目のわりに意外と、凶暴なやつで、ボクは耳を引っ張られそうになった。ちょっと、怖い。
おねえちゃんは、「あかちゃんだよ」って言ってた。
あかちゃんってやつは、いつもおねえちゃんに抱っこされているから、ボクはちょっと、面白くない。
おねえちゃんも、おねえちゃんだ。
前は、帰ってくると、真っ直ぐにセンパイに挨拶して、ナデナデしていたのに、今はあいつばっかり抱っこして、ボクとセンパイの部屋には、あんまり来てくれない。
センパイは全然知らん顔で寝ているけど、ボクだけは知っている。
センパイは時々寝言で、「おねえちゃん」って呼ぶときがある。
本当は寂しいのに、ボクみたいにワガママ言ったりしないから、センパイは強い。かっこいい。
おねえちゃんは、しばらくすると、またあかちゃんってやつを連れて、トーキョーってとこに行ってしまった。
よく知らない匂いの人間が迎えにきた。「ぱぱ」っていう名前らしい。変な名前。
おねえちゃんが帰ったあと、センパイは時々また寝言で、おねえちゃんのこと呼んでた。
最近は、寝言が大きい声になった。うるさくて、ボクはよく眠れない。
ご主人サマは起きてきて、センパイを抱っこしてた。ご主人さまに抱っこされると、センパイは、気持ちよさそうに、また眠りについた。
ちょっと、うらやましかった。
センパイは、ますます小さくなってきた気がする。
もっと、ごはんを食べたらいいのに。
でもセンパイは寝てばっかりで、ボクの話なんかちっとも聞いてくれない。ボクが前にいるのに、無視してばっかり。
つまんないの。
そんなことを思っていたら、また、おねえちゃんが帰ってきた。
今度は、小さい人間をつれてきた。
ボクの頭を叩いてくるから、怖かった。
おねえちゃんは、今度はボクとセンパイの部屋に遊びに来てくれた。
でも、寝ているセンパイのことばっかり、ナデナデする。
ボクはちょっと寂しい。
でも、センパイが嬉しそうだから、いいかなって、やっと思えるようになった。
ボクもちょっとは、オトナになれたかな。
昨日、センパイは朝から寝てばかりだった。
ボクが何回呼んでも、起きてこない。
ご主人サマがやってきて、センパイをだんぼーる箱に入れて、連れて行ってしまった。
車に乗って行った。おでかけかな、と思ってたけど、センパイはそれからずっと、帰ってこない。
おねえちゃんは、なぜか目からたくさん水を出していた。なめてみたら、しょっぱかった。へんなの。
センパイは「おほしさま」になったんだって。ご主人サマが言ってた。
おほしさまって、なんだろう。
よくわからないから、センパイの残したごはんを食べた。
なぜか、いつもより、ちょっとだけ、しょっぱい味がした。
柴犬センパイの話 霜月このは @konoha_nov
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