相棒から見る、宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(失われた21回放送編)
◆
惑星オリーンに希少動物を届け、サイレント・ヘルメスは次なる目的地へ、プラチナ混合液を運ぶことになった。
なったが、惑星オリーンを離脱した直後に、ストリームショックが掠めた。強烈な雷光が弾け、絡まり、迸るその脇をサイレント・ヘルメスがすり抜けた形だった。
エクスプレス航路に乗る前だったので、俺は副操縦士席にいて、全ての機器が故障していないか、調べることになった。操縦士席の相棒も文句を言いながら、同時に手を動かし始めていた。
ヘルメスの操縦席には数え切れないほどのスイッチや小さなモニター、つまみなどが並び、それを確認するのもなかなかな手間だ。
それでも相棒と協力して、おおよそ三十分で全部をテストし終えた。
点検の間も時間を無駄にしないためにヘルメスは飛び続け、そのままエクスプレス航路への進入路に進んでいる。
エクスプレス航路は、一度、入ってしまえば決められた座標以外から離脱はできない。強引に離脱すれば違法行為だ。
その代わり、エクスプレス航路には定間隔で加減速を司る装置が設置されているので、本来の準光速航行よりも一割り増しの速度が出る。
進入路に入ると、あとは自動操縦でエクスプレス航路に入り、設定した決められた座標で、離脱するだけになる。俺は進入路に入るのを見届けて、一度、操縦室を出た。
ストリームショックの影響は船にはなくても、船内の電子機器には何かがあるかもしれないが、それも操縦室で確認でき、独立している端末、例えば個人的な電子端末や、キッチンの調理機器以外は、問題ない。
俺はキッチンよりも先に物置へ行った。
きわどいところだったストリームショックの影響で、わずかに船が揺れたので、部品が落下していないか、それがまず気になった。
入って明かりをつければ、部品はひとつも落ちていないし、いつも通りだ。
電子機器の中でも破損しやすいものは、と思いながら、棚の間を抜ける。
クロッシングユニット、トラフィックマスター、辺りか。
トラフィックマスターは船の航行システムの中枢に組み込む部品で、組み込んでしまえば電磁波の影響は受けない。
その代わり、組み込む前は周囲の電磁波を敏感に感じ取る。
物置にある古いテスターを引っ張り出し、とりあえず目に付いたトラフィックマスターの拳に入るくらいの正八面体を手に取った。
テスターの電極を当てて、確認して、低く唸ってしまった。
どうにもこのトラフィックマスターは反応が悪い。物置の棚に戻した時に付けたタグは、整備済みのタグである。
また補正のやり直しか。しかも全部で、四つある。
クロッシングユニットも一つ、二つと確認してみたが、こちらは問題ない。
トラフィックマスターを四つ抱えて通路へ出ると、相棒が操縦室から出てきた。エクスプレス航路に乗ったらしい。
電磁波のことを話してやると、奴は顔をしかめて、俺と入れ違いに物置へ入っていった。
リビングスペースへ入り、テーブルにトラフィックマスターを並べ、一度、寝室へ戻った。二段ベッドから工具ケースを持ってきて、リビングのソファへ腰を下ろして、サングラスの倍率を加減した。手は工具箱から、トラフィックマスターを調整する、電磁圧調整器を取り出している。
この奇妙な装置の扱いに習熟するのは骨だったが、一度、慣れてしまえば忘れることはない。
テスターも組み込まれている便利な道具で、俺はトラフィックマスターの電極に調整器の先を差し込み、もう一方の手でつまみを加減した。
パチパチとトラフィックマスターの中で火花が散る。装置のテスターの表示は、まだ不安定である。ちなみに表示は数字ではなく、円で表示され、本当に安定すると真円になる。今はまだ波打っていた。
相棒がリビングスペースへやってきて、ローテーブルに古びたデータカセットを置くと、それを確認し始めた。何かの映像だが、雰囲気からすると数十年前の映像作品、ドラマか何かだろう。
構わずに部品を調整していく。一つはすぐにできたか、二つ目がうまくいかない。破損がひどいと専門家に任せるしかないが、意地でも直したいところだ。
つまみを微調整すると、一度、大きめの火花が散り、次にはテスターの表示が円で落ち着いた。素直になったじゃないか。
三つ目を直し終わった時、不意に相棒が変な質問を投げてきた。
地方軍警察、というドラマに関することだった。
二十一回目の放送に関してで、俺はよく知っていた。現実世界でクーデターがあり、その現実の事件はすぐに鎮圧されたが、そのためにそれ以降は配信されなくなった話数だ。
相棒は何かを考えていたようだが、俺は俺で考えることはある。
当の事件は、惑星クナージのクーデターだが、そのクーデターを起こした部隊の一角にテクトロン人の傭兵部隊があった。しかも要衝に配置されたので、残酷なことになった。
テクトロン人は生粋の傭兵で、死ぬまで戦う。逃げることはないし、雇い主を見限ることもない。もし逃げたり、手のひらを返せば、テクトロン全体の傭兵としての信頼は地に落ちる。
そうして惑星クナージのクーデター部隊は、銀河連邦軍の大攻勢を正面から受け止め、最後の一兵まで戦い抜いた。
俺はその時のテクトロンの様子を、十代という年頃に目の当たりにした。
テクトロンたちは、悲しみも、怒りも、嘆きもしない。
ただ死んだ者たちを褒め称え、記念碑さえも立てたのだ。
俺はずっと傭兵というものに疑いを持っていたし、自分に適合する生き方とも思っていなかった。
学校でも家庭でも、戦闘技能は否が応でも押し付けられ、身につけさせられた。
それでも俺の中の疑念は消えなかった。だからこうして、運び屋の真似事をしている。
相棒が席を立ち、足早に出て行くと、すぐに戻ってきた。そしてまた映像を再生し、いきなりソファに倒れ込んだ。
ちらっと視線を送ると、ローテーブルの上の映像には、データが破損しているという表示が出ている。
ストリームショックで破損したか、古すぎて壊れたのだろう。
俺は四つ目のトラフィックマスターを直し、サングラスの倍率を元に戻した。
「へい、ユークリッド人。そいつを直してやろうか」
そう言ってやると、奴が姿勢を戻し、眼鏡の奥で眼を細める。
「こんな古いデータカセットが直るかねぇ」
「やってみなくちゃわからんさ」
その辺りは、奴も俺が古い映像や音声に興味があることを知っているので、文句を言いながらも、ソケットから抜いたカセットをこちらへ差し出してくる。
俺は工具箱から器具を取り出し、素早くカセットを分解した。おいおい、とユークリッド人がうろたえているが無視だ。
むき出しになった基盤に導線をつなぎ、その導線の反対側にある端子を、電子端末のそれと合致するものにするため、変換端子をはめ込む。
電子端末に接続し、電子端末の方でデータをサルベージするソフトを起動した。
モニターに検証中の表示が出るので、俺はそっと端末をテーブルに置いて、席を立った。相棒がこちらを見上げてくる。
「一服しよう。すぐには終わらない」
「大丈夫かよ」
運任せだな、と言いながら、俺はキッチンへ行ってコーヒーを用意した。相棒は堂々とソファに体を預け、こちらを見ている。仕方なく、俺は奴の分のコーヒーも作った。
マグカップを二つ手にしてソファに戻り、濃すぎるコーヒーの入った方を奴の前に置いた。
「こんな古い映像、取っておいても仕方ないだろ」
何気なくそういうと、古くはないさ、と堂々と返事があった。コーヒーをすすりながら、うれしそうにユークリッド人が言う。
「その映像は、いわば俺の青春さ」
「俺にとっては、あまり良い記憶でもない」
電子端末では、映像のデータを吸い出す表示が出ている。みるみる進行していく。
俺が黙り込んだからだろう、相棒は何かを考え、そしてちょっと目を丸くした。
「テクトロンが死んだことで不愉快ってことか? さっきの言葉は」
やっと気づいたか、と言いたいが、黙っていた。
傭兵なんだ。それはつまり、命を売っているのだ。そして戦闘なのだから、それはどんな言い訳をしても、どんな婉曲をしても、殺し合いに違いない。
ユークリッド人が金髪をかき上げ、口元を歪めた。
「惑星クナージのことは、知っているよ。いや、今、はっきり思い出した。テクトロンの傭兵が、全滅するまで戦った。てっきり、テクトロンはそれを誇りに思っていると考えていたが、違うのか?」
「俺にとっては、違うな」
「お前がテクトロンの中でも変り種だからだろうが、失言だった。すまん」
謝る必要はない、ともやはりいえなかった。
データのサルベージが終わる。きっちりと情報を吸い上げ、俺は端末を操作して今度はデータの破損を補修するソフトを立ち上げ、稼働させる。
コーヒーを飲み終わり、俺はじっと目を閉じた。サングラスをかけているので、相棒からは見えないだろう。
どれだけ世界が広がっても、どれだけ命の数が増えても、一つの命は一つの命というのは、変わらない事実だ。
データの修復が終わる。
「へい、ユークリッド人。データをそっちへ送る」
「ありがとう。それはそうと、映像を見てみないか?」
俺が困惑する番だった。
「俺は特に興味はないが」
「まぁ、一応、義理で言っただけだ。見たくないなら、構わないが」
俺は少し考え、席を立った。こちらを見上げる相棒の視線に、笑みを返してやる。
「一緒に見てやるよ。その前に、コーヒーをもう一杯、用意しよう」
ニヤッと笑い、相棒がこちらに空のマグカップを突き出した。
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