復讐されるは我にあり
wani
第1話 月夜の決闘
「……覚悟はいいか」
月夜の下で口を開いたのは、まだ顔かたちにどこか幼さを残す少女だった。
少女が構えているのは、その小柄な体躯にはあまりに不釣り合いな大剣。鋭い刃が向けられた先には、一人の男が立っていた。
まだ老いには程遠い青年。しかし物腰は、けして年若い者のそれではない。錆色の片刃剣を手にした男が、一言。
「来い」
「——わたしの家族の、両親の仇! 今こそ討つッ!」
叫ぶ。
同時に踏み込み。そして横薙ぎ。
少女の振るった大剣の軌跡が、夜空に浮かぶそれと同じような孤月を描く。
その一太刀の瞬間。男は自ら崩れるように身体を倒すと、描かれた孤月をなぞるように錆色の剣を滑らせる。そして崩れたままの体勢で一回転し、剣閃が放たれる。
「く——ッ!」
振り抜いていた大剣を回すようにしての受け。が、大剣と共に少女の身体が強く弾かれた。
それを見越したように体勢低く、男は距離を詰めながら剣を下段に構え——
「!?」
突如吹き出した火柱を、男は反射的に躱す。
「隙ありッ!」
少女は弾かれた勢いで天に向かっていた大剣を力強く握り直し、最上段からの振り下ろし。男は躱した姿勢のまま。避けられない。
少女の大剣が男の脳天を叩き割る。
——はずが。
霧消。
「——消えッ!?」
「トドメで気を抜くな」
構えはこちらも最上段。少女の背後で夜空に向けて、今度は男が錆色の剣を掲げ。「らっ!」振り下ろすや、空から地面まで。剣身の限界を遙かに超えて、刃は全てを斬り裂いた。
裂かれた地面に、わずかなゆらぎ。
そのゆらぎのすぐそばに、少女が伏していた。呼吸は荒く、意識はどこか遠く。完全な無防備。そんな自分にようやく気付くと、少女は慌てて身体を持ち上げる。
——冷たい汗が一滴、乾いた地面に落ちた。
少女の首筋に、錆色の剣先が突きつけられていた。
「…………」
少女は祈るように天を仰ぎ。目を閉じて、唇を噛む。そして、
「…………参りました。師匠」
一言そう口にすると、大の字でその場に倒れ込んだ。
「あー、くっそう。今回もダメだったかぁ……」
「当たり前だ。彼我の実力差すら分からん腕で、何度挑んだところで無駄なんだよ。一々相手するのも面倒だし、本音で言えばわざわざ剣も抜きたくない」
布製の鞘に錆色の片刃剣を仕舞いながら、師匠と呼ばれた男が言う。
そこで少女は不満げに、サファイアのような蒼い長髪を揺らした。
「えーでも、月に一度だけなら決闘してくれるって言ったの、師匠じゃないですか。大体ですね」
言いながら立ち上がる。
「こっちは両親含め、一族郎党に至るまで師匠に惨殺されてるんですよ? ちょっとくらい手心とか、加えてくれたっていいと思いません?」
「思うわけねえだろ、馬鹿じゃねえの……つうかまず、その憎き仇に弟子入りしようってところからもう、頭おかしいんだよお前は」
「だからー、それについても散々説明してるじゃないですか」
煌びやかな大剣を、これまた美しい装飾が施された鞘に収めながら、少女は続ける。
「わたしが仇を討ちたい相手は、わたしが知る中で世界一強いんです。だったら——」
「——自分が知る中で世界一強い奴に弟子入りしないと、殺せるはずがない、ね。はいはい、散々聞かされてるよ。お前の言い分は」
男の言葉を聞いて、少女はふふんと鼻を鳴らした。
「はい。そういうことです。カンペキな理論でしょう。疑問を差し挟む余地もないですよね。……というわけで」
少女はまっすぐ男を見る。男がたじろぐほどの澄んだ瞳で。
「このエルシュナーゼ・ヴィズ・アリオンロード。来月の決闘まで、再び師匠の下で学ばせていただきます。ふつつか者ですが、またよろしくお願いしますね。クガナ師匠!」
大剣を背にかけた少女。クガナという一人の男に全てを奪われた復讐者。エルシュナーゼ・ヴィズ・アリオンロードは、満面の笑みを浮かべて朗らかに言った。
そして弟子入りを再宣言されたクガナの方はといえば。
「………………。はあ……」
諦めたように一つ、ため息だけを吐き出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます