サンダリオン沖海戦
ACU2315 6/4 地中海 サンダリオン島西方
地中海に浮かぶ島々の中で2番目に大きなサンダリオン島。ガラティア海軍が基地を置くこの島の西側で、ターリク海峡を抜けて襲来したゲルマニア艦隊とガラティア艦隊は衝突しようとしていた。
ガラティア艦隊は、ヴェステンラントが持ってきた魔導戦闘艦ソレイユ・ロワイヤルを筆頭にした100隻ばかりの艦隊であり、スルタン・アリスカンダルや黒公クラウディアが直々に指揮する艦隊である。
この戦いが地中海の覇権を左右することは、誰の目にも明らかであった。
「殿下、敵艦隊を発見しました。事前の報告と相違ない艦隊のようです」
クラウディアの部下達がいち早くゲルマニア艦隊を視認した。
「分かった。全艦戦闘用意。私も出る」
クラウディアは船室から甲板に出ようとする。と、その時――
「私も着いて行って構わんかな?」
意外な言葉をかけたのはアリスカンダルであった。
「構わないけど、どうして?」
「私は自らの目で見て戦争をしたいのだ。安全な場所でふんぞり返っているのは君主の道にあらず」
「なるほど。まあ船室にいても大して安全ではないけれど」
「ならば、尚更甲板に立ちたいものだな」
クラウディアとアリスカンダルは甲板に立って、まだ点のようなゲルマニア艦隊を眺める。クラウディアは望遠鏡を持ってこさせ、ついでにアリスカンダルにも渡して、敵艦隊を観察する。
「ふむ。あれが戦艦という奴か。直に見るのは初めてだ」
初めて見る鋼鉄の船に、アリスカンダルは感嘆しているようだ。しかしクラウディアは違和感を覚える。
「あの形状……見たことがない。主砲が多いし、全体的に少し大きい」
「ということは、前に言っていた新型戦艦とかいう奴か?」
「その可能性は高い。やはりソレイユ・ロワイヤルを最前線で使うことになりそう。問題ないですか?」
皇帝の御召艦を最前線で使わざるを得ないというのは、一般的には異常な状態である。また艦隊の指揮に皇帝が出張って来ている時点で異常と言えば異常だが。
「何が問題なのかね。言ったではないか。私は安全な場所で軍配を振るような人間ではない」
「そう。ならば、遠慮はしない。敵の戦艦をソレイユ・ロワイヤルで迎え撃つ」
「やりたいようにやりたまえ」
両軍の最大戦力同士の激突。はっきり言ってそれ以外の船は、戦艦にもソレイユ・ロワイヤルにも敵う訳がなく、どちらかが沈んだ時点で勝敗は決まる。
「ソレイユ・ロワイヤル、前進。魔導対艦砲の射程まで詰める」
全長180パッススほどの巨大船は、帆で風を受けるでもなく櫂で水をかくでもなく、魔法の力で水を押し出して前進する。間もなくゲルマニアの戦艦も艦隊から突出し、両艦の決戦が始まろうとしている。
距離が近づくに連れ、敵艦の様相が分かってくる。
「敵艦、かなり巨大です。本艦の8割程度の全長はあるかと」
「敵艦の武装は、甲板に3連装主砲が3基、舷側には数十の副砲が確認出来ます!」
「どうやら、私が思っていた以上に大したものを出した来たようだね」
クラウディアは少しだけ表情を歪ませた。新型戦艦であるとは予想していたものの、その規模はアトミラール・ヒッパー級を遥かに上回るものであった。
「君がそんな顔をするとは、マズい状況なのかな?」
「少し。あれより二回りほど小さいアトミラール・ヒッパー級にすら苦戦したから」
「なるほど。勝算はあるのか?」
「魔導対艦砲が効くか次第」
「そうか」
ヴェステンラントの決戦兵器、魔導対艦砲。通常の弩砲の矢を置く部分に鉄球を置いたものであり、大砲とやっていることはさして変わらない。
「そろそろ射程に入る」
「我々の命運が分かる訳か」
「そういうことになる。全艦、砲撃――っ!」
その時、ゲルマニアの戦艦から閃光が迸った。
「て、敵艦発砲!」
「もう撃つのか。早過ぎる……」
「射程で負けているということかね」
「そうなる」
アトミラール・ヒッパーを相手にしたときは射程の長さで先手を取れたが、今回は逆だった。新型戦艦は主砲の数が多いうえに、一つ一つの性能もアトミラール・ヒッパー級のそれを上回っているようだ。
数十秒の間を開けて、ソレイユ・ロワイヤルの前後にガレオン船くらいなら呑み込めるような巨大な水柱が上がり、衝撃が襲う。
「命中精度も高い……。全速前進! 射程に収めるまで急げ!」
「随分と余裕がないではないか」
「一方的に撃たれるのは性に合わないので」
射程に絶望的な差がある訳ではない。双方が近付いているお陰で、10分ほどで魔導対艦砲は新型戦艦を射程に収めた。
「全艦、回頭」
魔法で船の慣性を打ち消し、一気に90度回転させる。ゲルマニアの戦艦を舷側の魔導対艦砲が捉えた。
「撃ち方始め!」
魔導対艦砲が砲撃を始めた。音はないが、放たれた砲弾の威力は戦艦の装甲をも貫く筈だが――
「砲弾が防がれております!」
「…………効果はいまいち、か」
新型戦艦の真正面に命中した砲弾は、ことごとく装甲に阻まれて海中に没した。防御面でもアトミラール・ヒッパー級とは一線を画していることが、これで明らかになった訳だ。
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