晴政とシャルロット

「申し上げます! 四番砦、たった今陥落しました!」

「ど、どうするつもりですか……? もうここまで砦一つしかないですよ……」


 オリヴィアは圧倒的な戦局に顔を青くしている。彼女らが司令部を置く本城のすぐ隣の砦まで大八洲勢は攻め込んでおり、ここが戦場となるのももう間もなくであろう。


「この城はそんなに柔らかくはないわ。時間稼ぎの砦なんかとは比べ物にならない」

「そ、それはそうですが……」

「それに、これは敵を引き入れる作戦よ。全ては私の作戦通りに進んでいるわ。今、晴政は孤立している」

「さ、作戦? 私は聞いていないのですが……?」

「あら、そうだったかしら。まあいいわ。すぐに分かる」

「は、はぁ……」


 今、大八洲軍十万のうち九万以上がヴェステンラントの陣地に深く攻め込んでいる。晴政の本陣を守備するのは残りの一万ほど。要はこれを撃破すればいいのである。


「全軍、作戦を開始する。街道を封鎖、晴政本陣を襲撃せよ!」

「ほ、ほう……」


 ドロシア渾身の作戦が開始された。大八洲勢が進軍してきた街道は事前に仕掛けてあった爆弾で爆破され、木っ端微塵になった。晴政本陣は完全に孤立したのである。


 ○


「何? 兵が戻って来れなくなった?」

「はい、殿下。道が塞がれ、諸隊、下がれなくなっております」

「前には進めるのだな?」

「はい。そのようです」

「なればやることは変わらん。後ろなど見るな。前に進み続け、ヴェステンラント軍を討ち滅ぼせ!」

「はっ!」


 関白が孤立するという大八洲にとって危機的な事態にも関わらず、晴政は自身の身を守ることなど考えず、全力で攻撃を命じた。


「晴政様、敵は明らかに何か策を弄しています。部隊を引き戻した方がよいかと思いますが」


 片倉源十郎は至って妥当な提案をした。が、晴政は聞き入れない。


「確かに、普通はそうするだろう。奴らが俺の身を狙っているのは間違いない」

「でしたら――」

「だが、それこそが狙い目よ。俺を殺しに来る奴らを逆に根切りにしてくれる。さすれば奴らの士気は大いに削がれるに違いない」

「晴政様が危険過ぎます」

「大八洲の関白は、この程度で怖気付いていては務まらん」

「お言葉ですが、関白なればこそ、自身の身を危険に晒すようなことを控えるべきかと」

「まったく、いつも面倒な奴だなお前は。なあ、成政よ」

「おうよ! 兄者がこの程度で死ぬ訳がねえ!」

「よくぞ言った! ふはははは!!」

「こいつら…………」


 などと、とても関白とその直臣とは思えぬ会話を交わしていると、源十郎の予想通りに敵がやってきた。


「申し上げます!! 我が隊の左右に、敵が現れました!!」

「何?」

「お、おい、兄者! 敵が湧いて出て来たぞ!」

「そのようだな」


 左右を見渡すと、いつの間にか雲霞の如く敵がいる。


「ざっと見て、左右に一万と言ったところか」

「ちょ、倍の兵に挟まれてるじゃない! どうするのよ!」

「何、ヴェステンラント人が二倍三倍で攻めかかって来ようが、我らは負けぬ。源十郎、左を迎え撃て。成政、右を迎え撃て」

「はっ」

「おうよ!!」


 兵力は倍で、しかも挟撃を受けている。最悪の状況ではあるが、晴政に負けてやる気はなかったし、勝ち目は十分にあると踏んでいた。彼を守るは伊達家の精鋭部隊と優れた将なのだ。


「朔を呼び戻した方がいいんじゃないないの?」


 桐は晴政に提案した。最前線で戦っている朔を呼び戻して晴政の護衛に当たらせるべきだと。


「あやつには引き続き、諸大名を空から援護させる。この程度の戦いには要らん」

「本気で言ってる?」

「無論だ。それよりも、そろそろ奴が俺を殺しにやって来るぞ」

「は……?」

「ほら見ろ、あれだ」


 破壊された街道の上空をたった一人で飛ぶ魔女の姿が見えた。彼女は猛烈な速度で晴政に迫ってきた。


「ま、まさかあいつ……」

「お前の思っている通りだろう」


 地面を抉る勢いで、魔女は晴政の目の前に降下した。


「久しぶりね、伊達陸奥守晴政」

「ああ、久しいな、シャルロットとやら。お前を殺せる日を心待ちにしていたよ」

「殺されるのはどちらかしらね。あなたは今、一人ぼっちなのに」


 晴政の直轄部隊は部隊が押し潰されるのを防ぐ為、陣地を離れて敵部隊と交戦している。晴政を守るのはほんの百人程度の、それもほとんどが文官のような者共と桐だけであった。


「私を忘れてもらっては困るわよ」


 桐は刀を構えてシャルロットと晴政の間に立ち塞がる。


「手出無用だ、桐。下がれ」

「な、何でよ」

「俺にはこいつを殺す秘策があるんだ」

「何よ」

「こいつだ」


 晴政は自身の足元に隠してあった銃を引っ張り出し、両手にそれぞれ構えた。大八洲の火縄銃などではなく、ゲルマニア製の機関銃が二丁である。


「桐、下がれ」

「……わ、分かったわよ」


 桐を下がらせ、シャルロットと向かい合う晴政。二つの銃口がシャルロットを向いている。


「機関銃ねえ。面白いものを持ってるじゃない」

「ああ、本当に面白い。お前のような奴を殺すのにはピッタリだ」


 晴政はニヤリと笑う。シャルロットは少しだけ不快そうな表情を見せた。


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