市街戦再び

 それから2時間程度が経過した。


「あれ? どうなってるんだ?」

「……今のあなたは中将閣下なのですか?」

「ああ、そうだが……そういうことか」


 自分が魔法を使う為にシュルヴィになっていたことをすぐに察したオステルマン中将。改めて、自分が眠っている間に何が起こっていたのかをヴェッセル幕僚長に尋ねる。


「我々を襲った敵部隊は壊滅させました。我々を急襲した敵部隊も撃退しました。しかしながら、損害は甚大です。兵力の半分を失い、最早部隊として行動することは不可能です」

「……そうだろうな。まあ、お前達が生き残っただけ上出来だ。それで、全体の戦況はどうなっている?」

「ヴェステンラント軍は依然としてルテティア・ノヴァに二方面から接近しています。撤退は遅々として進まず、市内にある部隊の大半が挟撃を受けることは不可避です。よって、今のところは防衛線を構築し、敵の攻撃に備えようとしているところです。戦闘が始まるまではあと僅かです」

「……特に戦況に変化はなし、か」


 オステルマン中将が思い描いていた通りの進展だ。作戦に特別変更はない訳だ。


「司令部機能は復旧出来ているか?」

「最低限は。通信機を搔き集め、装甲車を臨時に回収して指揮装甲車としました」

「結構だ。作戦の指揮を続行するぞ」

「はっ!」

「ああ、それと親衛隊の連中はどうしてるんだ?」

「親衛隊は部分的に我々に協力してくれるそうです」

「部分的に?」

「一部は迎撃に協力し、一部はメヒクトリ港に帰りました」

「はぁ……何を考えてるんだ?」


 まだまだ戦いは全く終わっていない。


 ○


 その頃、シグルズ率いる第88機甲旅団はルテティア・ノヴァ市内に周辺の部隊と協力して防衛線を敷き、敵の襲来に備えていた。防衛線とは言っても塹壕や柵を準備することは出来ず、兵士と兵器を適当に並べただけのお粗末なものではあるが。しかもルテティア・ノヴァを徹底的に破壊したお陰でロクな隠れ場所もない。


「敵軍までの距離、2キロパッススを切りました」

「ああ。肉眼でも見えて来たよ」


 それは真っ黒い津波のようであった。水平線を隅から隅まで埋め尽くす重騎兵の群れは、大抵の人間を恐怖させるに十分である。まもなく両軍の射程にお互いが入り、戦端が開かれるだろう。


「シグルズ様! 敵軍が走り始めました!!」

「こんな距離でか?」


 敵は戦闘が始まる前に馬を走らせ始めた。こんな距離から走らせても両軍が激突する前に馬が疲れ果てそうなものだが。或いは魔法で馬の体力も盛ることが出来るのだろうか。


「師団長殿、何となく敵の考えが読めたぞ」


 オーレンドルフ幕僚長は双眼鏡を覗き込みながら言う。


「何?」

「奴ら、私達を避けているようだ。私達は無視して他の部隊に襲いかかろうとしているらしい」

「なるほど。確かに一番堅い機甲旅団を避けるのは兵法の常道に則っているな」

「どうする、師団長殿? このままでは我々は友軍が蹂躙されるのを見物する羽目になるぞ?」


 重騎兵を戦力を集中して突破を図れば、一般の歩兵師団ではまず持たない。第18機甲旅団とてかなぎギリギリのところで撃退することに成功したに過ぎないのだ。


「やることは決まっている。僕達は出撃し、敵の側面を突く」

「そう言うと思っていた」


 敵が第88機甲旅団を無視しようと言うのならば、その側面から殴りかかるだけである。まさに機甲旅団にピッタリの仕事であろう。


「全軍、防御は止めだ! やはり僕達には矛が似合う」

「そうだな。では進むとしようか」


 機甲旅団は防御を早々に捨て、突撃の態勢を整える。が、その時であった。


「シグルズ様! 前方の部隊が敵の攻撃を受けています!」

「何!? 敵はまだ遥か遠くじゃないか!」

「そ、そう言われましても、何が何だか……」

「師団長殿、考えられるのは一つだけだ。敵がまだ隠れていた、ということだろう」

「僕達のすぐ傍でずっと息を潜めていたって?」

「ああ。そう考えるのが妥当だろう。敵は最も有効な攻撃を行える時を選んで、奇襲してきたんだ」

「どんだけ策士なんだ、敵の司令官は」


 敵の特火点は第88機甲旅団のすぐ近くにずっとあったのだ。ずっと身を潜めていた彼らが、好機を待って大暴れし始めたのである。ここまでが本当に敵の作戦通りなら、赤公オーギュスタンはとんでもない策略家だ。


「で、ど、どうしましょうか、シグルズ様?」

「敵を殲滅する。それ以外の選択肢はないだろう。歩兵隊を出撃させろ!」

「は、はい!」


 見事に出鼻を挫かれた。出撃に備えていた筈の兵士達はまた前線に駆り出され、拠点の探索と殲滅を始めた。が、その間も戦車と装甲車が次々と炎上していく。


「シグルズ様、歩兵が攻撃を受けています! 敵は対歩兵用の装備を持っているようです!」

「……真っ当なことだね」


 敵は魔導弩砲と同時に魔導弩も装備している。兵士達は体を易々と貫かれ、音のない矢による攻撃では、その位置をそう簡単に把握することは出来ない。


「クッソ……僕達も出るぞ。ヴェロニカ、ついて来てくれ」

「は、はい!」

「部隊の指揮はオーレンドルフ幕僚長に任せる」

「任された」


 ヴェロニカの魔導探知機を用いて敵を殲滅することを、シグルズは決断した。

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