安東城の戦い
ACU2314 8/14 安東城西門近郊
ヴェステンラント軍は安東城の支城を電光石火の勢いで攻め落とすと、安東城には攻め込まず、その手前に陣地を敷いてどっしりと構えた。
「陛下、設営が完了しました。これで万一にも大八洲勢が打ってかかってきても、備えは万全です」
イブラーヒーム内務卿は誇らしげに言った。陣地は堀や柵で要塞化されており、ここに大八洲人が攻め込むのは不可能だ。
「了解だ。もっとも、大八洲人がそんな馬鹿な選択をするとは思えんが」
「そ、そうでしょうか? 平明京の戦いでは、陛下が御自ら槍を取らねばならぬこともありましたが……」
「あの時は、大八洲人にそれ以外に選択肢がなかったからだ。そこまで追い詰められない限り、奴らが玉砕覚悟の攻撃を仕掛けてくることはない」
「はい。しかし万が一のこともありますので、陛下の御身は我らがしかと守ります」
「まあよい」
アリスカンダルは肯定も否定もせずに一笑した。
「さて、我々は寄せ手だ。あの城を落とすべく攻撃を仕掛けねばならない」
「そ、それはそうですね」
何を当たり前のことを言っているのかと、イブラーヒーム内務卿は困惑してしまう。
「我々はあの城に攻め込まなければならない。が、城に攻め入ればロクなことにならないのは目に見えている。これはなかなか難題であるな」
平明京では市街地におびき寄せるられて、家々の間から飛び出してきた武士に奇襲を受けて痛い目に遭った。しかも相手の眞田信濃守はそういう戦術が得意な男だ。
「しかし、ここまでの支城や砦では、敵は奇策を使っては来ませんでした。安東城もそうなのでは?」
「馬鹿なことを言うんじゃない。敵は我らを油断させる為に、あえて砦を簡単な放棄したのだ。こんな簡単な罠に引っかかっていては、将軍は務まらんぞ?」
「も、申し訳ありません……」
「謝ることはない」
「で、では、陛下には既に策がおありなのですか?」
「いいや。まずは敵のことをよく知らなければな。まずは様子見といこう。野戦砲を用意せよ」
「はっ!」
ゲルマニアからの輸入品。ゲルマニア以外の世界では断トツの射程と威力を誇る大砲。アリスカンダルはこれを再び持ち出した。人の背丈を優に超える巨大な大砲が10門。綺麗に整列して、安東城の城壁と天守を睨みつける。
「砲撃の用意が整いました!」
「うむ。弾種は榴弾、目標は天守とし、砲撃を開始せよ」
「はっ!」
兵士達が砲弾を込め、狙いを定める。
「放て!」
まずは一斉射撃。10発の榴弾が放たれ、少し遅れて城内で大爆発が起こる。多くの砲弾は外れて武家屋敷に落ちたが、3発が命中し、瓦礫を城下町にぶち撒けながら、天守に大穴を空けた。
「すぐに再装填せよ」
「はっ」
アリスカンダルは数回の斉射を行わせた。天守とその周辺の建物はすっかり穴ぼこだらけになり、そこら中から火の手が上がっている。
「うむ。この辺にしておけ。暫し敵の様子を見る。よく観察しておけと、ジハードに伝えろ」
ジハード率いる不死隊は上空から安東城内の偵察を行っている。アリスカンダルは暫し敵の様子を窺うことにした。
「――陛下、どうやら敵は、火を消しはしたものの、それ以上の修理を行う気はないようです」
「そうか。敵はそういう者なのだな」
「へ、陛下、それはどういう……」
「天守を守らざるを得ないのは、民や兵を統率するに、象徴たるそれが必要だからだ。それを壊されるがままにしているということはつまり、象徴に頼らずとも人々を統率出来るということ。敵は平明京より遥かに小規模であるが、それよりも厄介かもしれん」
「な、なるほど……」
平明京の明智日向守は、天守が崩れれば統率が崩壊すると判断し、その防衛に魔女を割いた。これは敗因の一つであろう。だが眞田信濃守は、そんなものに頼らずとも、民や兵の信頼を勝ち得ているということだ。
「この様子では、安東城を焼け野原にしても、彼らは降伏しなさそうだな」
「て、敵はそこまで……」
「ああ。敵は良い将と良い兵だ。私も全力で戦わねばなるまい」
アリスカンダルは目に炎を宿し、安東城を見据えていた。
「し、しかし、敵が手強いと分かっただけでは、一体どうすれば……」
「敵は狡猾だが、それを打ち破るのは王道だ」
「は、はぁ」
「狡猾さの勝負では、恐らく私は奴らに勝てない。であれば、我々は寧ろ、全く兵法書通りに戦う方がよいのだ。それならば相手に付け入る隙を与えずに済む」
王道というのは使い古された誰でも知っている方法であるが、それ故に隙も少ない。敵が僅かな隙を見つけて奇策を仕掛けてくるのならば、一切の隙を見せない戦い方が最も効果的であろう。
「まあ、そういうことだ。全軍、攻撃の用意を整えよ」
「ま、真正面から攻撃ですか……?」
「そうだ。我々の武力で、大八洲勢を真正面から粉砕する。それこそが最も強力な戦術だ」
「わ、分かりました」
かくして4万のガラティア軍は安東城への総攻撃を開始するのであった。
〇
「ついに、敵は攻め込んで参りましたな」
「思ったより忍耐強い敵ではなかったな」
「さ、眞田殿、いかがなさいましょうや?」
「河より西は速やかに捨てよ」
「は? 今、何と……?」
眞田信濃守は、城の半分を抵抗もせずに放棄することを言い渡したのである。
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