装甲列車の攻防

 装甲列車の目前に迫る重騎兵。彼らはその手に持った戦車を貫く弩で射撃を開始したが、装甲列車には通用しない。その装甲は飛来する矢を軽々と弾き返した。


「よし。装甲は問題なしね」


 クリスティーナ所長は除き窓から戦況を観察しながら言った。


「戦車の正面装甲より厚いんですから、当然ではありますね」


 シグルズは淡々と言う。重騎兵の弩の貫徹力は既に知れていること。わざわざ感慨にふけっている場合ではないのだ。


「そ、そうね。けど、あいつらどうやって水堀を越える気かしら」

「ヴェステンラント軍のことです。何でもやってきますよ」


 馬に乗り疾走する重騎兵。機関銃の暴風の中にいる彼らの目の前には深く広い水堀。ゲルマニア軍がやったように跳ね橋を降ろさせることは出来ない。何故なら跳ね橋はもう存在しないからだ。


「つ、突っ込んでくる……?」

「あいつら、投身自殺でもする気か――何っ!?」


 その瞬間、シグルズとクリスティーナ所長の目の前に信じ難い光景が広がった。


「は、橋!?」

「そのようですね……」


 瞬きをする間に水堀を埋め尽くすような鉄の橋が現れた。まるで最初から堀など存在しなかったように鉄の地面が現れ、重騎兵がその上を躊躇なく駆ける。


「クロエか! どこかに彼女が……」

「シグルズ様、白の魔女の魔導反応を確認しました! ですが、急速に離れて行っています」

「やってくれるじゃないか……」


 クロエは最初から重騎兵の中にいたのだ。魔法を隠して限界まで接近し、そして一瞬で水堀を鉄で埋め尽くし、早々に逃げ去った。これで水堀は一瞬にして無力化されてしまった。


「て、敵が来るんだけど!?」

「総員、機関銃で応戦せよ! 突撃歩兵もいつでも撃てるようにしておけ!!」


 装甲列車から針鼠のように突き出す機関銃。一斉に火を噴き重騎兵を迎え撃つが、彼らの突撃の勢いを止めることは出来なかった。


「閣下!! 敵に取り付かれました!!」

「剣で装甲を貫いてくるぞ! すぐに離れるんだ!」


 以前にダキアで似たような状況に遭ったことがある。装甲列車は構造上、側面に取り付かれると攻撃する手段がない。そして魔導兵は高温の魔導剣を装甲に突き刺し、その装甲を切り抜かんとする。


「ま、魔導剣は、更新されていないようね」

「確かに。であれば、多少は余裕があります」


 重騎兵の弩は新型だったが、魔導剣は特に変わっていないようだ。装甲列車の分厚い装甲を斬るにはかなりの時間がかかっている。


「突撃歩兵、構えよ! 敵が侵入し次第、これを撃ち殺せ!」


 剣を突き刺し、火花を上げながらゆっくりと装甲を切断する魔導兵。装甲列車の中に20人ばかりの機関短銃を持った兵士が銃口をそれに向ける。


「く、来るぞ……」

「弾はちゃんと入ってるな?」

「あ、ああ。もちろんだ」


 溶断された橙に輝く線は弧を描き、そして円が完成した。次の瞬間、装甲が円形に抜け落ち、冷たい外気が一気に吹き込んで来た。


「撃てっ!!!」


 兵士達は何があるか確認もせず、穴の外にやたらめったら射撃を開始した。流石に重騎兵もこれほどの火力を一気に浴びれば耐えられず、装甲は砕かれ血の海の中に死体を晒した。


「よ、よし。やった!」

「すぐに装甲版を持ってこい! 穴を塞ぐんだ!!」

「は、はいっ!!」



 車内に用意された人間くらいの大きさの装甲板。その程度の大きさでも兵士が10人がかりでないと持ち上げることすら出来ないものだ。それを穴の手前に運び込み、すぐさま封鎖した。


 装甲がいくら破られようと車内への侵入は決して許さない。クリスティーナ所長の作戦である。しかしすぐに無理が出て来た。


「閣下!! 敵が多過ぎます! 装甲版が足りません!!」

「あ、あんなに用意したのに足りないの?」


 クリスティーナ所長の想定を超えた重騎兵が襲い掛かり、次々と装甲をくり抜いていた。もう穴を塞げるだけの物資がないのである。


「そのようですね。仕方ない。穴を塞ぐのは諦めて迎撃に徹してくれ」

「し、しかし、それにしても銃弾が不足しています!」

「馬鹿なっ……分かった。後方から全力で銃弾を運ばせる。銃弾の残りは気にせずに戦え。弾が尽きればその時は、車両を放棄する」

「はっ!」


 まだカムロデュルムには拳銃弾が大量に残っているが、装甲列車ではあまりにも激しく銃弾を消費し、一時的に銃弾不足が起こっていた。シグルズはすぐに後方から銃弾を輸送させるが、それでも間に合うかどうか。


「クッ……装甲列車だけは突破される訳にはいかないんだが……」

「し、シグルズ! あれ! 剣!!」

「っと、ここにも来ましたね」


 シグルズとライラ所長が乗る指揮車にも重騎兵が取り付いた。しかしシグルズは装甲を貫いた剣に特に興味を持たなかった。


「まあそれはいいとして――」

「よくないでしょ!!」

「え、まあ、あれは僕が何とかしますよ。クリスティーナ所長はこの状況を何とかする手段を考えてください」

「――わ、分かったわ。でも、ものがないんじゃどうしようも……」


 と、その時、シグルズに魔導通信が入った。


「シグルズ様、クロムウェル護国卿からです!」

「護国卿? いや、何でもいい。すぐに繋いでくれ」


 シグルズは一抹の希望を持って通信機を手に取った。

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