「開城交渉」

「お、おい、これは……」

「この魔導反応は、白の魔女だ! 総員戦闘態勢! 敵が来るぞ!!」


 いきなり現れた白の魔女クロエに対し、西門の守備隊は即座に迎撃態勢を整え、百を超える対空機関砲を彼女に向けた。しかし次の瞬間、クロエから全ての周波数で通信が飛んできた。


『ゲルマニア軍とブリタンニア共和国政府に告ぎます。私はヴェステンラント軍の白公にして白の魔女、クロエ。これ以上の抗戦は無意味です。即刻城門を開け放ち、我が軍に投降して下さい。それが無理であれば、交換条件にも応じる用意があります。交渉の意思があるのならば、あなた方のその機関砲を下げてください。30分待ちます。何の返答もない場合、またはそちらから射撃があった場合は当然、徹底的な殲滅があるまでです』

「ど、どうすれんだこれ……」「ただの師団長に判断出来る訳ないだろ!」

「と、とにかく、ザイス=インクヴァルト大将に繋げ。急げっ!」


 事態はすぐにザイス=インクヴァルト大将に伝えられた。そしてすぐさま交渉役として、シグルズとオーレンドルフ幕僚長が飛んできた。クロエの狙い通りである。


「――クロエ、交渉をしに訪れた君を撃つつもりはない。だが、このカムロデュルムを譲る気もない。これは僕達の総意だ。分かったのならすぐに帰ってくれ。いつまでも安全を保障することは出来ない」

「おやおや、そちらからどんな条件を出してくれてもいいのに、交渉を受け入れてくれないのですか?」

「すまないけど、いかなる交換条件があってもカムロデュルムを譲ることは出来ない。他に言いたいことは?」


 当然のことだ。どんな対価があってもブリタンニアの心臓を差し出すことは出来ない。


「そこまであなた方の意思が固いのならば、いいえ。特に言葉はありません。ああ、いえ、一つだけ」

「何だ?」

「いつもあなたの傍にいるヴェロニカは、今日は近くにいないんですね」

「彼女は観測手だ。君達がよからぬことを企んでいないのか後方で見張ってる」

「そんなことはしないのに。まあ、ゲルマニア軍の意思は受け取りました。ああ、降伏したい時はいつでも言ってくださいね。歓迎します」

「残念だが、その時は来ない」


 とは言え、連戦連敗のゲルマニア軍にとってそれは虚勢でしかなかった。


 クロエは短い会話を終えるとあっさりと帰り、シグルズの西門の守備に戻った。クロエが突然こんな行動を取ったことは謎でしかなかったが、流石に彼女の意図までを読むことは出来なかった。


 ○


 ACU2313 12/19 戦艦アトミラール・ヒッパー


「て、提督! 敵です! 敵のコホルス級魔女が多数、我が艦に接近しています!!」

「何!? そんな馬鹿なっ! と、とにかく、迎撃だ! 対空戦闘始め!!」


 突如としてアトミラール・ヒッパーの近辺に出現した一千あまりの魔女。シュトライヒャー提督はすぐさま迎撃を指示し、艦載の対空砲や対空機関砲が射撃を開始する。しかしアトミラール・ヒッパーの対空砲火に前回のような飛ぶ鳥を落とす勢いはなかった。


「て、敵は例の重装甲を纏っているようです! 爆風が効いていません!」「機関砲も、少々当てた程度では全く落ちる気配がありません!!」

「アトミラール・ヒッパーに乗り込むことだけを最優先とするか……」


 魔女達は重騎兵の鎧を纏っていた。そのせいで他の魔法は使えなくなるが、立体的に動き回り戦車の主砲にも耐える敵を撃ち落とすなど、ゲルマニア軍には到底不可能である。


「敵が、敵が来ます!」「く、クソッ……総員白兵戦用意! 陸軍の連中にも伝えよ!」


 アトミラール・ヒッパーを乗っ取られるのが最悪の展開だというのは陸海軍で共有するところだ。そこでアトミラール・ヒッパーには陸軍一個旅団が詰め、全力で防衛する体制を取っている。


「耐えてくれよ……」


 シュトライヒャー提督がこの旅団の指揮を執る訳だが、陸軍ですら手に余る重歩兵を相手に勝てる気はしなかった。魔女は甲板に降り立ち、重い鎧を着て艦内に突入した。


 ○


「突っ込め! 今度こそこの船を我らの手に収めよ!!」


 突入部隊を指揮するのは当然スカーレット隊長である。彼女は魔女達の先頭に立って迷いなくアトミラール・ヒッパーの狭い艦内に突入した。そしてすぐさま彼女に銃弾が飛んできた。


 スカーレット隊長は銃声とほぼ同時に全身を覆い尽くせる盾を作り出し、その後ろに隠れた。重歩兵達も盾を次々と並べる。


「対空機関砲か……こんな狭い場所であれの直撃を喰らえば、いくら重装甲でも持たないかもな」

「で、ではどうすれば……」

「こんな時の為に盾があるんだ! 盾を持て! 盾の後ろに隠れながら前進せよ!!」


 屋内で容赦なく機関砲をぶっ放すゲルマニア軍に、ヴェステンラント軍は重い盾を掲げて古代のような密集陣形で対抗した。盾が摩耗するとすぐに後ろの兵士が入れ替わり、亀のような陣形を取りながらゆっくりと距離を詰める。


 結局のところ、四連装機関砲ですら重歩兵を食い止めることは出来なかった。


「よし、終わったな。事前の想定通り、側面を固めつつ機関室、艦橋に向かえ! ぐだぐだしていると奴らの援軍が来るぞ!」


 どこからか流出したアトミラール・ヒッパー艦内の地図を眺めつつ、スカーレット隊長は進軍を命じた。

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