謀反の謀反

「齋藤殿、このような時分にお時間を取らせ申し訳ありません」


 この織田家の若き当主が慇懃無礼なのはいつものことである。


「一体何の用だ? わざわざお前が自ら会いに来るなど」

「はい。その前に、越後に敵の侵入を許し、既に天領の諸将が大いに動揺していることはご存じでしょうか?」

「……ああ。その為に諸将の結束を高めようと策を講じているのではないか」

「そうでしたか。それでは既に多くの諸侯が北條に通じていることはご存じでしょうか?」

「何……?」

「いかがでしょうか?」


 今ここで謀反の疑いで誅殺されても文句の言えないような物言いである。とは言え、齋藤大和守にそんなことをしている余裕はなかった。


「…………敵が調略を仕掛けて来ることなど知れたこと。その中には内通を約束した者もおるであろう。だが驚くべきことではない。戦ではよくあることだ。そして多少の諸侯が裏切ったところで、上杉の天下は揺るがん」

「そうですか。どうやら、いえ、前々から思うてはおりましたが、あなたはこの広大な天領を治められる器の持ち主ではないようだ」

「何だと? 貴様、今度こそ殺されたいのか!?」

「なれば殺してみればよろしかろう。俺は今、小刀の一つも持たずにここに立っております」

「……そうかそうか。そんなに死にたいか。であれば、こやつを捕らえよ!!」


 齋藤大和守は護衛の兵らに号令した。しかし彼らは青ざめた顔をして、一向に動こうとしなかった。


「な、何をしている! こやつは逆賊ぞ!」

「齋藤殿、まだ分かりませぬか。既にこの城の兵は全て、齋藤殿を見限っておるのです」

「ば、馬鹿な! そのようなこと、あり得ぬ!」

「それでは示してさしあげよう。皆の者、齋藤殿をひっ捕らえよ!」


 織田尾張守が号令を下すと、本来は齋藤大和守を守るべきであった兵士達が彼に刃を向けた。そして暴れる齋藤大和守の両腕を四人がかりで押さえつけ、織田尾張守の前に跪かせたのであった。


「貴様……これで済むと思うなよ。すぐに貴様は逆賊として無残に死ぬだろう」

「ご安心を。既に六角や浅井や諏訪等々、諸侯と話を付けております」

「なっ……貴様だけではなかったのか!」

「左様。彼らはいささか臆病にて、この織田尾張守が謀反を起こしに参りました」


 彼だけが謀反を起こしたのではない。齋藤家の直轄領と一部の譜代衆を除いた家臣のほとんどが、五畿内から信州まで、彼に反旗を翻したのである。


「い、いつからだ! いつからこのような謀反を!」

「申し上げたではありませんか。多くの諸侯が既に北條の調略を受けていると。ご存じではなかったのですか?」

「こ、ここまでとは……」

「まあよい。とは言え、我らもそう簡単に謀反を起こせはしませんでした。最も多いのは勝ち馬に乗ろうとする者。多くの連中は日和見を決め込んでおりましたが、先に越後を失いたるを見て、齋藤殿を見限ることにしたのです。そうなれば、後はいつでも」

「……クソッ。北條め」

「確かに北條の調略もありますが、これほどの企みを看破出来ない齋藤殿には、最早誰も付いては行きますまい」

「…………」


 もしも謀反に感付いて機先を制することが出来ていれば、こんな事態は来なかったかもしれない。だが齋藤大和守は、それほどの能力は持たなかった。


「儂を殺すのか?」

「別段、齋藤殿に恨みがある訳ではありません。齋藤殿には出家でもして家督を譲っていただきます。その後の齋藤家のことは、我らにお任せを」

「……分かった。後は勝手にするがよい。だが、ヴェステンラントを呼び込んだりはするな。それだけは許さんぞ」

「無論です。それについてはご安心を」


 上杉家全体としてはヴェステンラントと手を結ぶことになっているが、内地に彼らを招き入れることは決してなかった。この神州に白人などを踏み入らせることは許されない。それは敵味方を超えた認識である。


「まあ、儂のことはどうでもよい。だが、曉様を討つつもりか?」

「それはまだ分かりませぬ。今はまだ、天領を治められぬ齋藤殿を除いただけ。貴殿の意志を継いでこのまま曉様に付くか、或いは天領を伊達に渡すか。これから決めることです」


 織田尾張守は慎重であった。場合によっては家中の結束を高めた後に伊達と戦うこともあり得る。とは言え、腹心を倒された曉が素直に彼を承認するとは思えないが。


「そうか……。お前の力なれば、儂では到底なし得ぬことも出来るであろう」

「はい。たった二国の領主のままこの生を終えようとは思いませぬ」

「お前……。まあよい。この先は儂には最早関わりのないことだ」


 かくして齋藤大和守に対する謀反は、一切の血を流さずに達成された。齋藤家は天領の惣領としての権威を失い、諸侯は半ば独立つつある。そしてこの謀反を主導し、かつ二百万石近い豊かな地域を握る織田家が、天領の事実上の指導者となった。


 しかしながら、一部の領主は謀反を認めず織田家に宣戦を布告した。そして彼らが頼る先と言えば、齋藤大和守の意思に反して、ヴェステンラント合州国以外にはないであろう。

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