和平
謀反を起こし体制を高めた織田尾張守は、早速伊達陸奥守と接触しようとしていた。
「殿、織田尾張守様から通信が入っております」
「織田? どこのどいつだ?」
「織田尾張守様は、齋藤家の中にあって主に尾張と美濃を治められている方にございます。齋藤家中においては最大の石高を有し、齋藤殿の腹心の一人と言ってもよいでしょう」
上杉の事情に詳しい朔は、当然彼のこともよく知っている。
「何だ。上杉の家臣の家臣か」
「そうとも言えますね。とは言え、我々に直接に通信を求めると言うことは、何か重大なことがあったに違いございません」
「それもそうか。では繋いでくれ」
一体どういう要件から分からないが、晴政は躊躇わずに自ら通信を受けた。
『――伊達陸奥守殿にあらせられますな』
「いかにも。俺こそが伊達陸奥守である」
『東国一の大名である伊達殿とお話し出来て光栄に存ずる。さて今度は、伊達殿の器量を見極めさせて頂く為にこの場を設けました』
「……俺の器量だと? 面白いことを言うではないか。いいだろう。何でも申してみよ」
晴政は大名である自分にこんな物言いが出来る織田尾張守に少し興味を持った。
『はい。それでは申し上げます。つい先ほどですが、我らは我らの主である齋藤大和守様に隠居して頂きました』
「ほう……。詳しく申せ」
『はっ――』
織田尾張守はつい数時間前に起こした謀反について、晴政に淡々と説明した。晴政はいつになく真剣な表情でそれを聞いており、周りで待機している家臣達は何事かとざわめいていた。
「なるほどなるほど。よく分かった。なかなか面白いことをやるではないか、織田尾張守とやら」
『それはそれは恐悦至極。我らはただ、お家の為を思って動いたに過ぎませぬ』
「ふっ、何でもよい。で、器量を確かめるというのはどうなった?」
最大の敵が内部崩壊を起こしたという一大事にも拘わらず、晴政は全く動じることなく会話を楽しんでいた。
『それは……伊達殿はどうやら、俺の思った以上のお方のようです。試すような真似をして申し訳ない』
「構わん。お前もどうやら面白い男のようだ。で、齋藤家を乗っ取って、お前はどうしたいのだ? 俺と組むか? それとも俺と戦うか?」
『乗っ取りなどではありませんが、この織田尾張守、伊達殿は共に天下を取るに相応しい方だと見ました。伊達殿と盟を結ぶとしましょう』
「よいのか? そんな二つ返事で決めてしまって」
『既に家中も諸侯も、伊達殿と組むに傾いておりました。俺は最後に、伊達殿がどれほどのお方が見極めさせて頂いたに過ぎません』
理由は色々だ。そもそも謀反を起こした曉に従うことに違和感を覚える者、負け続きの曉に仕えるのは泥船でないかと考える者、齋藤家の無名の家臣のままでは終わりたくない者など、様々な理由で諸侯は伊達に付いた方が得だと判断している。
「そうか。なればよかろう。俺と盟を結ぼうぞ」
『ありがたきお言葉です。されど念のため申し上げますが、あくまで盟を結ぶは齋藤と伊達、北條です。そこはお忘れなきよう』
「何だ。齋藤家をぶち壊して旗揚げしようとは思わぬのか?」
『今はまだ、その時ではありません』
「楽しみにしているぞ」
『お戯れを』
いきなり齋藤家を爆散させれば事態を制御出来なくなる。その為、一先ずは齋藤家の支配体制を温存しつつ、徐々にそれを解体していくというのが織田尾張守の計画である。そしていずれは、大名として独立することもあり得る。
とは言え今は、彼は齋藤家の筆頭家臣として振る舞っている。
『さて、多くの諸侯が俺に付き、主君押し込めに賛同しました。然れども、頭の固い連中は今なお齋藤殿に忠を尽くし、各地で戦の構えを見せております。伊達殿にはこれを征伐するのに手を貸して頂きたい』
「うむ。それはよい。直ちに軍勢を送ろう」
『感謝申し上げる』
齋藤家が乗っ取られた今、内地に残る曉側の勢力は、齋藤家の僅かな残党のみなのである。
○
ACU2313 10/10 鉢ヶ山城
その「忠臣」の中で最も規模が大きいのは、先日晴政に敗北した新発田丹波守であろう。
「新発田殿、彼我の戦力差は、圧倒的です。どうか伊達に降りはしませぬか……? 今ならば一切の咎めはないと……」
「ならん! それに、この鉢ヶ山城は難攻不落なり。例え十万の大兵が攻め寄せてきたとて、追い返すことが出来よう」
「そ、それは、こちらにも十分な兵がある時にございます! 今や諸将は次々と離反し、我らの手勢は僅かに三千ほど。とても鉢ヶ山城を満足に守れる兵力ではありませぬ!」
「兵が足りぬ、か。であれば、援軍を取り付けるしかない」
「曉様はとてもそのようなことが出来る状況では――」
「否。我々は……ヴェステンラントに頼る。そうするしかない。殿のご意思は全く無視することになってしまうが……」
新発田丹波守は大八州人としての矜持を捨ててでも、ここを守り切る気でいた。
「――こういう訳なのだす。どうか兵を貸してはくれませぬか」
『ええ。そちらからの頼みなんて、願ってもない。すぐに援軍を送りましょう』
黄公ドロシアはすぐにその要請を承諾した。白人が大八州の地を堂々と踏むこととなったのである。
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