潜水艦U-1

 ACU2313 3/8 ガラティア帝国 ビタリ王国 ヤヌア港


 ゲルマニアは地中海に面する領土を持っていない為、地中海に直接海軍戦力を展開する時にはガラティア帝国の港を使わせてもらっている。ガラティア帝国としてはそれなりの使用料が何もせずに安定して入って来る訳で、悪くない取引であった。


「うーん、点検完了。見たところは問題なさそうだね」


 御伽噺の魔女のような恰好、三角帽子を被ったこの女性、帝国第一造兵廠のライラ所長こそが、U-1の主任設計者である。まあ帝国の兵器は大体全て彼女が設計しているのだが。


 ライラ所長は初航海となるU-1の点検を入念に済ませ、この時点では問題なしという結論に達した。まあ後は実際に長距離を航行してみないと分からないところはあるが。


「でもさ、シグルズ、思いっきりガラティアの人に見られてるけど、大丈夫なの、これ?」


 ここはガラティアの民間人も普通に使う港だ。特に機密保持などはされていない。従って、海面から半分ほど出た円筒状の奇妙な姿をしたこの船の姿は、ガラティアの民間人に丸見えである。


「あー、まあ本来は望ましくはないんですが、どの道これが見られたところで何なのかは分からないでしょうから」

「まあねー」


 精々帆船しか見たことのない人間がこれを見ても、まさかこれが海中を進む船だとは思わないだろう。だからさして問題はないと参謀本部は判断した。


「閣下、出航の用意が整いました」

「お、了解だ。では早速出ようか」


 ――そうか、僕も閣下か。


 シグルズはいつの間にか少将なのである。既に閣下と呼ばれるべき位にいるのだ。全くそんな感じはしないが。


「それでは、潜水艦U-1、出港します」

「うむ」


 シグルズはあくまで潜水艦に乗せてもらっている立場。潜水艦の操縦については基本的に帝国海軍の面々に一任している。まあ一応はこの船で最高の階級を持っているということで色々と許可を求められるが。


 さて、まずはヤヌア港から浮上したまま出港。十分に距離を取って誰からも見られていない時に潜水するのである。


「付近に一切の船はありません。潜航してよろしいですか?」

「ああ。速やかに潜航してくれ」

「はっ。全艦潜航せよ!」


 艦内に警鐘が鳴り響く。と同時に、U-1は微妙に揺れながら、潜航を始めた。窓から見える海面は徐々に高くなっていき、やがて完全に見えなくなった。窓から見えるのはどこまでも続く深い青だけである。


「深度30パッススに到達しました。予定の深度です」

「よろしい」

「うん。これで目視で確認するのは困難になる筈だね」


 地球の潜水艦の基準で言ったらかなり浅い深度であるが、この世界にはレーダーもソナーも存在しない。人間の目から逃れられればそれで充分なのである。


「ライラ所長、今のところは問題なさそうですか?」

「そうだね。各部異常なし。後は長時間の航海に耐えられるかどうかだね。もししくじったら、U-1が私達の棺桶になるかもねー」

「こ、怖いことを言わないでくださいよ……」


 ヴェロニカは震える声で言った。ここら辺ならまだ素潜りで生き残れなくもないが、もっと深く沈んでしまったら死は確実だ。


「まあ、この私がいるからね。どこが故障しようと直してみせるよ」

「それは頼もしいです。と、目標はターリク海峡。巡航速度で航行せよ」

「はっ!」


 U-1が目指す先は、ルシタニア王国が最後の抵抗を演じたターリク海峡の地である。そこで何をすべきかは当然命令されているが、何の為なのかは伝えられていない。


 と、その時だった。


「バラストに損傷が見つかりました! 海水が流れ込んでいます!」

「何? おいおい、最悪の損傷じゃないか」

「シグルズ様、な、何があったんです?」

「潜水艦は水をバラストっていう入れ物に入れたり抜いたりすることで、船を重くしたり軽くしたりして、上下方向に移動しているんだ。それが海水が入りっぱなしになったってことは――」

「ま、まさか、沈みっぱなしになると?」

「そういうこと」

「そういうこと、じゃないですよ! 死ぬじゃないですか!」


 ヴェロニカがこんなに声を上げるのは珍しい。まあ確かに、そんなことを宣告されたら生きた心地がしないのは分かる。


「まあまあ、ご安心を。この私が修理して見せよう」


 ライラ所長はやけに芝居がかった口調で言った。


「しかし、どうするおつもりで?」

「何とかなるよ」


 と言って、ライラ所長は潜水艦のハッチに手を掛けた。


「え、潜水服もなしに外に出るつもり、ですか??」

「うん。まあ見てなって」

「しょ、正気で――あ」


 ライラ所長は何事もなかったかのように海中への扉を開けてしまった。だが、そこから水が流れ込んでくることはなかった。


「これは一体……」

「船の外側に魔法で道を外付けしておいたんだー。だから破損個所まで歩いて行けるよ」

「それはまた……」


 恐らくはライラ所長にしか出来ない業だ。彼女は鉄で出来た狭い通路を歩いていき、破損したバラストを普通に修理すると、何事もなく帰って来たのであった。U-1は航行を続ける。

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