第三十九章 春の目覚め作戦
ザイス=インクヴァルト大将の画策
ACU2313 3/3 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸
「ルシタニア王国は滅亡しました。そしてこれにより、我が軍の作戦の前提条件が一つ、整いました」
ザイス=インクヴァルト大将はヒンケル総統の目の前でそう宣言した。
「全く好かん物言いだが……本気でヴェステンラント軍を殲滅するつもりなのか?」
「無論です。これでヴェステンラント軍のほぼ全戦力が西部戦線に集結するでしょう。これを完全に包囲し殲滅すれば、我が国に極めて有利な講和条約を叩きつけることは可能です」
「そんなことをする前に西部戦線が突破される可能性はないのか?」
「いいえ、ありません。西部戦線には最小でも5重の塹壕線が国境を埋め尽くしており、万が一にも突破されることはありません」
ザイス=インクヴァルト大将には絶対の自信があった。先に赤の魔女ノエルの軍勢に塹壕線の突破を許してしまったことから、ゲルマニアの塹壕は偏執的なまでに強化されており、これを無理やり突破しようとする試みは、最早誰にも不可能である。
「分かった。で、その具体的な作戦はあるのだろうな?」
「無論です。しかしながら、それを皆様にお教えする訳にはいきません」
「……何故だ?」
「この作戦、仮に露呈すれば簡単に無力化されてしまう性質のものです。ですから、その可能性を極限まで減らす必要がありました。従って、作戦の全貌を知っているのは私ただ一人だけです」
「恐れながら、作戦の全貌を知る者が閣下お一人だけで、どうやって作戦を遂行するおつもりですか?」
カルテンブルンナー全国指導者は挑発するように尋ねた。
「問題はない。各軍には、私の指示する通りの小作戦を実行してもらうだけでよい。それが全て繋がった時、ヴェステンラント軍は完全に包囲されるのだ」
「そんなものが上手くいくのでしょうかね」
「やってみせよう。西部方面軍の名に掛けて」
「まあ親衛隊には関係のない話ですが」
ザイス=インクヴァルト大将は前代未聞の方法で作戦を実行しようとしていた。彼以外の何者も作戦の全貌を知らず、実行部隊はそのほんの一部だけを理由も分からず実行するのである。
これにはヒンケル総統も難色を示したが、ザイス=インクヴァルト大将の説得を受けてやむなく承諾した。
「さて、作戦に必要な要素は残り二つ。戦艦と潜水艦です。ザウケル労働大臣、これらの用意は?」
常に白衣を纏ったザウケル労働大臣、或いはクリスティーナ第二造兵廠所長に問いかける。
「はい、潜水艦はもう完成しています。戦艦については、完全に完成したとは言い難いですが、実戦に出せなくはないです」
「戦艦の問題は?」
「故障が多いことです。敵を目前にして砲塔が動かなくなる可能性がありますね」
「なるほど。それは魔法で無理やり何とかすることは可能か?」
「え? ええ、まあ。魔法で砲塔を無理やり動かせば何とかならなくはないです」
「これって僕が駆り出される流れですかね……」
砲塔が動かないなら人力で動かしてしまおうという無茶苦茶な発想。だが魔法の存在するこの世界なら、不可能は話ではない。砲兵の要請通りに砲塔を動かせれば、それは故障していないも同然だ。
「その通り。その時が来たらシグルズ君には頑張ってもらいたい。頑張らなくても済むのが理想ではあるが」
「はい。まあ帝国の勝利の為にはやむなしかと」
「だがその前に、潜水艦の方は君に一任することになっているがね」
「そっちも頑張ってきますよ」
「ちょっと待て、聞いていないぞ、その潜水艦なるものは」
ヒンケル総統は会話を遮った。彼にとって潜水艦という言葉を聞くのは今日が初めてであった。
「これは失礼。まあ極秘でもにですが、内密に開発と製造を依頼していたもので。詳細はハーケンブルク少将がご説明します」
「ぼ、僕ですか? 分かりました」
「ああ。頼む」
「潜水艦はその名の通り、水面の下を航行する艦です。水の中を、まるで魚のように進むことが可能です」
当然ながらシグルズが持ち込んだ言葉と概念である。実はヴェステンラント軍に同じようなものを先取りされてはいるのだが。
「つまりは敵にバレずにどこまでも近づけるということか」
「その通りです、閣下。そして敵艦に十分に接近できれば、爆弾を発射して簡単に沈めることも出来ます」
つまりは魚雷だ。この世界の工作精度ではまだ極短距離でしか実用性がないが、それでも強力な武器である。敵からしたら何の前触れもなく船が消滅するのだから。
「なるほど。それを艦隊決戦で使う気なのか?」
「いいえ。大量に数を揃えられれば話は別ですが、帝国の国力では一隻を建造するのがやっとでしたので、敵地への潜入に使おうかと」
「潜入か。面白そうな発想ではあるな」
潜水艦は大量に運用しなければ、戦力としては意味がない。帝国初の潜水艦の任務は、敵地の後方に特殊部隊を送り込むことだ。まあその部隊とはシグルズのことなのだが。
「因みに、艦名は?」
「はい。今回は特にひねりもなく、U-1と」
「『潜水艦』の頭文字か」
世界初の潜水艦、U-1の作戦は始まる。
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