エデタニア陥落

「閣下、陣全体が混乱しています! このままでは総崩れに……」

「してやられたな」

「ど、どうされますか!?」

「……逃げることも戦うこともままならぬ。こうなれば、全く残念だが、下がるしかあるまい」


 アルタシャタ将軍はこれ以上の戦闘が完全に無意味だと悟った。ルシタニア軍は完全に混沌の渦中に叩き込まれ、仮に戦闘を継続しても無意味な犠牲を出すだけであろう。


「アルタシャタ様、恐れながら、勝てないとしても、我々が玉砕するまで戦って、ヴェステンラント兵を少しでも削るべきでは?」

「ならん。我々は余りにも人間を失っている。これ以上の損害は、ルシタニアが耐えられないだろう」


 人口は精々4,000万のルシタニア、しかも半分はヴェステンラントの傀儡と化している状態で、既に200万以上の人名を失っている。


 これ以上若者を失えば、誰が支配者になろうと、ルシタニアそのものが立ち行かなくなってしまうだろう。


「……分かりました」

「すぐに全軍をエデタニア中心部へと下がらせよ!」


 市内に敵の侵入を許した時点で、もう戦略的には負けている。せめて少しでもマシな条件で和平を突き付ける為の、些細な抵抗である。


「それとシグルズ、君は逃げろ」

「無論です。僕はゲルマニアで戦わねばなりませんから」

「薄情とは誰も思うまい」

「はっ」


 ルシタニア軍は暫く抵抗の意を示したが、実際のところはそんな気はなく、ヴェステンラント軍との交渉の席に着いた。


 〇


「しっかし親父、凄いな。こんなやり方は思い付かなかったぜ」

『これ自体は誰でも思い付くとは思うが』

「……そうなのか?」


 確かにそう突飛な発想という訳ではない。思い付いた人間がこれまでにいてもおかしくはない話だ。


「じゃあどうして教えてくれなかったんだ。これならゲルマニアなんて一撃だろうに」

『それは無理だ。ゲルマニアの塹壕線は今や五重、普通の会戦であっても二の備え、三の備えがあるものだろう』

「……つまり何だ?」

『つまりは、後方に少数の魔女を送り込んだとて、後詰に叩き潰されるということだ』


 普通の軍隊は会戦においても何重もの陣形を形成するものである。仮に今回のやり方で魔女を送り込んでも、そこは敵陣のど真ん中。たちまち叩き潰され、全く無意味に魔女を損耗しただけになるだろう。


「なるほど。じゃあどうして今回はいけたんだ?」

『今回の敵は完全な勝利を求めていた。兵の犠牲を極限まで抑え、我々にエデタニアへの侵入を許さない勝利だ。それは必然的に、全戦力を最前線に投入することに繋がる』

「ああ……分かった。敵に後詰がなかったから今回は成功したって訳だな」

『そうだとも。流石は我が娘だ』


 損害を少なくするには出来るだけ多くの兵力を一度に投入するべきだし、エデタニアを傷付けない為には縦深を持った陣形を構築することは出来ない。


 よってルシタニア軍はその全戦力を一本の防衛戦に集結させ、ヴェステンラントとの決戦に挑んだのである。


 それは悪くはない策だった。オーギュスタンが相手でなかったら、恐らくヴェステンラント軍を撃退出来ていただろう。


 だが相手はオーギュスタンだった。彼はこの配置の弱点を付き、いとも簡単に総崩れに追い込んだのだ。


『さて、ノエル、敵はどう遇するつもりだ?』

「敵? まあ捕虜にするつもりだが」

『そうしてくれ。和平などに応じる必要はない。もうアルタシャタ将軍を解放する意味はないのだから』

「ああ、そうするよ」


 マフティアでアルタシャタ将軍を解放した意図のひとつは、彼が精鋭部隊を率いて最後の攻勢に出ることに期待したからである。城に立て籠もられるよりはのこのこと外に打って出て来てくれた方が、ヴェステンラント軍にとっては遥かに楽なのだ。


『これでルシタニアにおける有力な戦力は壊滅した。後は残党を滅ぼすだけだ』

「ああ。とっとと終わらせよう」

『期待している』


 かくしてオーギュスタンは、カムロデュルムの居室から一歩も出ることなく、ルシタニア軍を戦略を全て叩きのめしたのであった。


 アルタシャタ将軍は、結局兵を脱出させることは出来ず、精鋭部隊もろとも捕虜となってしまった。ノエルは敵のいなくなったルシタニアを蹂躙し、ルシタニア国王は臨時首都マジュリートすら放棄せざるを得なくなってしまった。


 ○


 ACU2313 2/27 ルシタニア王国 ターリク


 ルシタニア国王の率いる僅かな軍勢は、ルシタニア王国の最南端、ヌミディア大陸との境目にあるターリク海峡に立て籠もった。国王は最終防衛線をここに敷くことを宣言し、最後の抵抗を試みている。


「ゲルマニアの甲鉄船……我々の為に使ってくれるとは」


 ゲルマニアの大砲を山積みした甲鉄船団は海峡に乗り上げ、固定砲台としてルシタニア軍を援護していた。


「海の上ではどうしようもない我が海軍の、残念な使い道に過ぎませんよ」


 ゲルマニア海軍大洋艦隊司令長官のシュトライヒャー提督は国王に謁見している。


「何でもいいさ。これだけの砲台があれば、ここも暫くは持つだろう」

「とは言え、もしも敵海軍がここに来れば……」

「そうだな。その時は……」

「陛下だけでもお逃げください。我が国に逃れ、捲土重来の時を待つのです」

「……それもやむなしか。その時は――」


 そして、その時が来るのはすぐだった。

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