次の空襲

 ACU2312 7/29 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸


 同日。イジャスラヴリの状況はゲルマニアにもある程度伝わっている。総統官邸ではこれを受け、早速会議が開かれた。


「――死者は約1万、家を追われた者は約15万か……」


 大戦果だと言うのに、ヒンケル総統は素直に喜べずにいた。


「一夜にして1個師団に近い数の市民が死ぬとはな……」

「我が総統、これはゲルマニア人を救う為のやむを得ない作戦なのです。どうかお気を落とさずに」


 カルテンブルンナー全国指導者は言う。確かに、イジャスラヴリへ直接攻撃を仕掛けていれば、1万人以上のゲルマニア人が死んでいた公算は高い。


「分かっている。分かってはいるのだ」

「それはよいことです」

「まあいい。それで、これは想定通りの結果なのか、ローゼンベルク司令官?」

「はっ。それが、我が軍にしては珍しいことですが、事前の目標より多大な戦果を上げることが出来ました」

「ほう?」

「我が軍は当初、市街地の半分を燃やせればそれで十分と考え、焼夷弾の用意も行いました。しかし実際には市街地の7割が焼失しています」

「なるほど。つまり、焼夷弾は想定よりも強力な武器だったということか」

「そういうことですな」


 実の所、ゲルマニア軍にもここまでするつもりはなかったのである。ここまでイジャスラヴリが燃えるのは想定外のことであった。


「で、どうして戦果が予想以上に拡大するなどということが起こったのだ?」


 ローゼンベルク司令官も言うように、目標より結果の方が良いものであったというのは戦争では非常に珍しいことである。


「はい。まあ実際のところはイジャスラヴリに人を遣って確かめてみないと分からないことではあるのですが、ライラ所長が言うには、イジャスラヴリの建物に想定以上に木材が使われていたからだそうです」

「なるほど。まさか、我が国の建築物と同じ水準で考えでもしたのか?」


 ヒンケル総統はからかうように言った。


 確かに近代化の進んでいるゲルマニアには煉瓦造りの頑丈な建物が多く、木造建築物の割合はダキアと比べると低い。


「いえ、まさかそんな馬鹿な真似はしておりません。しかし多少は我が国の事情に想定が引きずられていたのかもしれません」

「そうか……まあいい。少ない資源で大きな成果を上げることは最上の策というものだ」

「はっ。ありがとうございます」


 想定が間違っていたこと自体は問題だが、作戦そのものについては大成功だと言えるだろう。


「さて、問題はこれでダキアがどう動くか、だ。リッベントロップ外務大臣、ダキアに何か動きは?」

「いえ、特には確認されておりません」

「まあ時間はかかるか。では次、ローゼンベルク司令官、今回の空襲を受けて、敵の状況はどうか」

「はっ。敵はイジャスラヴリ周辺の諸侯を総動員してイジャスラヴリ支援に動いているようです。これから最低でも2ヶ月ほどは、西部の敵軍は大きく動きを制約されることでひょう」

「なるほど。となれば、その機にこちらから攻め込むというのはどうだ?」


 空襲によって麻痺した敵軍に攻勢をかける。ヒンケル総統の提案は至極当然のものであった。しかし、ローゼンベルク司令官の見解は否定的である。


「閣下、我々がイジャスラヴリまで攻め込めば、家もなく飢えた15万の人間を養わねばならなくなります。そこで我が軍は足止めを喰らいますし、既に機能を失っている都市を奪ったところで大した意味もないでしょう」

「では、イジャスラヴリの直前まで攻め込むというのは?」

「何もない荒地を占領したところで、無駄に補給線が伸びるだけです」


 実際のところ、ゲルマニア軍の補給はメレンに無理やり通した線路が命綱である。そこから離れて行動するのは基本的に割に合わない。


「そうか……であれば、この空襲には意味がなかったのではないか?」

「いえ、意味はありますとも」

「と言うと?」

「そもそも、1つの都市を絨毯爆撃したくらいでダキアが降伏する訳がありません」

「うむ」

「そして、我々が爆撃によってダキアの生産能力を大きく奪えることが証明出来ました。このまま5つほどの都市を燃やせば、ダキアは完全に継戦能力を喪失するでしょう。その時こそ、全面攻勢をかける時です」


 確かに、戦略爆撃とはそういうものだ。一日で決着をつける決戦とは訳が違う。


「君もカルテンブルンナー全国指導者のようなことを言うようになったな……」

「……閣下、私は別に人を殺したい訳ではありません。ただそれが必要だから、提言しているまでです」

「おやおや、それではまるで私が殺人を楽しんでいると言わんばかりではありませんか」


 ローゼンベルク司令官の嫌味に、カルテンブルンナー全国指導者は大いに反応した。


「……逆に、そうではないと?」

「何を仰りますか。親衛隊にとって、帝国と総統に逆らう国賊を殲滅することは崇高なる義務なのです」

「やめたまえ、諸君」

「我が総統のお言葉とあらば」

「――はっ」


 一触即発の空気は、総統の鶴の一声でひとまず収まった。

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