アスロの戦い

 ACU2280 4/3 ヴィークラント王国 アスロ


 大北方戦争が起こった時代のゲルマニアの国力は、確かにエウロパで最強ではあっとものの、まだ圧倒的というほどでもなかった。数か国が連合すればゲルマニアと戦うことは十分に現実的だったのである。


 大北方戦争は神聖ゲルマニア帝国とスカディナウィア半島の諸国との間で戦われた。どこかが落とされればいずれ自国も併合されると判断した北欧諸国はかなり緊密な連携を行い、戦力的には互角の戦いを繰り広げる。


 ゲルマニアの半島への上陸作戦は成功し、開戦当初はゲルマニアが破竹の勢いで進撃を続けた。しかしまもなく戦線は停滞した。


「北欧連合軍の戦力は計30万! ここに迫ってきております!」


 ヴィークラント王国の首都であったアスロを奪還すべく、北欧諸国は大兵力を結集して進軍を始めた。


「さ、30万とは、我が軍の総兵力に同じではないか……」

「北方方面軍の倍ですな」

「さらに言えばアスロ駐屯兵力の5倍だ」

「装備の質は我が軍の方が遥かにいいとは言え……」


 この時代には既に、ゲルマニア軍は施条式の小銃を量産することに成功していた。これまでの小銃の数倍の射程を誇る銃である。とは言え旧来の銃と装填の速度に大差はなく、5倍もの兵力差を跳ね返す性能を備えてはいなかった。


「どうする? いっそここを捨てて体制を整えるか?」

「せっかく占領した敵国の首都だぞ? そう簡単に捨てれれる訳がないだろう」

「やはり籠城か」

「それが妥当だろうな」


 この時代の都市というものは基本的に城塞都市である。都市の主要部は城壁に囲まれ、長期の籠城にも耐えられるように設計されているのだ。


 最終的にゲルマニア軍は籠城を選択した。30万の大軍は6万のゲルマニア軍を包囲し、包囲戦はその後半年に渡って続いた。


 ○


 ACU2280 10/12 ヴィークラント王国 アスロ


「敵も味方もすっかりやる気が失われているようですな」

「無理はないだろう。半年の籠城戦も攻城戦も、誰も経験したことなどないからな」


 長きに渡った包囲は両軍の規律をすっかり弛緩させた。この半年の間に戦闘はほぼ起こらず、戦争をしているという意識は失われていた。


 だがゲルマニア軍はこの半年、着々と準備を進めていた。


「増援はどうなっている?」

「カイテル伯爵の率いる3万の軍勢は、現在、西に50キロパッススを移動中です」


 今では参謀総長となっているカイテルは、当時はまだ師団長であった。ただその活躍は評価されており、師団長の中では比較的名のある師団長だった。それ故に増援の2個師団を纏める軍団長に任命されていたのである。


 ○


 その1週間後。


「決して音を立てるな。忍び寄れ」


 カイテル師団長は無意識のうちに小声になりながら命じた。


 3万の軍勢が北欧連合軍に忍び寄る。すっかりやる気を失っている北欧連合軍は、これほどの大軍の接近にすら気付かなかったのである。


「閣下、全軍、配置につきました」

「……よし」


 カイテル師団長は唾を呑んだ。


 増援の3万を加えてもゲルマニア軍の総兵力は9万。30万の敵の兵力の3分の1未満だ。しくじれば北方方面軍そのものが壊滅しかねない。


「全軍、かかれっ!」

「「「おう!!!」」」


 北欧連合軍の四方から突如としてゲルマニア軍が出現する。敵はゆったりと夕食を楽しんでいる始末で、戦闘の用意など全く出来ていなかった。


「壊滅せよ! 殲滅せよ!」


 ゲルマニア軍は敵陣に突入し、白兵戦で敵兵を次々斬り殺していく。敵は瞬く間に分断されたが、未だ兵力は健在である。


「閣下! 敵の大部隊が迫っております! 兵力は2万!」

「クッ……」


 統制を取り戻した敵の一部が反撃を開始した。正面からぶつかってしまえば敵の大兵力の前に押しつぶされるのは必至。絶体絶命の危機である。


 だが、ゲルマニア軍にはまだまだ手があった。


 ○


「カイテル師団長が攻撃を開始しました!」

「よし。今こそが好機。城門を開けよ!!」


 半年の間一度も動かなかった城門がゆっくりと開け放たれる。


「全軍、突撃!!」

「「「おう!!!」」」


 そして6万の軍勢が打って出た。


 ゲルマニア軍は北欧連合軍の中でも主力であるヴィークラント王国軍の本陣に突入。多大な損害を出しながらも、敵には数万の死者と壊滅的な打撃を与えることに成功した。


 北欧連合軍の統制は壊滅し、各々がバラバラに逃走を始めた。やはり連合軍というのは一度崩れると加速度的に崩壊していくものだ。


 だがゲルマニア軍は更なる戦果を求めた。


「追撃せよ! 帝国の敵は一人残さず撃ち滅ぼせ!」


 背中を見せて逃げる敵を、ゲルマニア軍は容赦なく銃撃した。北欧連合軍は10万近い損害と多数の将官の死者を出し、国家としての継戦能力すら大きく消耗することとなった。


 この戦いで大きな痛手を負った北欧諸国はゲルマニア軍の攻勢に耐えられず次々と脱落、やがてその全てが神聖ゲルマニア帝国に領邦として組み込まれることとなった。


 そして帝国の勝利のきっかけを作り出したカイテル師団長は英雄と呼ばれ、やがては参謀総長へと出世していくこととなる。

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