予想外の足止め
「これはまた、大変なことになっているな」
「ああ。まったくだ……!」
オーレンドルフ幕僚長は小銃を装填しながら答えた。
ヴェステンラント軍の本陣を守る塹壕からの絶え間ない銃撃と砲撃に対し、ゲルマニア軍はあくまで数の有利を活かした強行突破を試みた。だが失敗した。
「匍匐前進というのも、案外効果のあるものなのだな」
「ああ。だけど、この調子だとどうにもならない……」
最初の攻撃に失敗し撃退された突撃歩兵は、その名前とは似合わず、匍匐前進でじわじわと敵の塹壕に接近していた。これで弩による攻撃はそれなりに低減出来た。
「シグルズ様! 砲撃です!」
「クッ……」
だが砲撃に対しては無力だ。敵から火球や石礫が飛んでくる度に多くの兵が死んでいく。そんな犠牲を払い続けているにも関わらず、戦況は一向に好転しない。
「ここでも、浸透戦術? というのを試すのはどうですか?」
爆炎を浴びながら、ヴェロニカはシグルズに尋ねた。だが答えは否だ。
「無理だ。ここまで狭い陣地に防衛線の隙なんてない。それに、一部を突破させたとしても中には白の魔女がいる」
「そ、そうですか……」
浸透戦術というのはあくまで作戦規模のものだ。局地的な戦術で用いるべきものではない。そもそも浸透戦術において、襲撃をかけた敵の司令部を落とせないということは想定されていないのである。
「このままだとどうにもならないぞ、師団長殿。どうする?」
「どうするって言われても……」
この状況で打てる手はない。恐らく、戦線を完全に膠着させて時間を稼ぐことこそがヴェステンラント軍の作戦なのだろう。実に理に適っている。
「いや、まだ手はあるのではないか?」
「何だ?」
「師団長殿、あなたは帝国でも類まれなる魔法の才脳の持ち主。ここから敵の本陣を直接攻撃することも可能なのではないか?」
「それは…………」
――魔法に頼れということか。
それならば或いは、指揮機能を破壊するという目的は達成出来るかもしれない。考えても見れば、敵の守備隊を殲滅することはそもそも必要ではないのだ。
だがそれは葛藤を生む。魔法を消滅させることを目的とするシグルズが魔法に頼るべきかと。
「――いや、違うな」
「な、何がだ?」
「勝たなければ何も出来ない。方法などはどうでもいい。勝者だけが正義だ」
「は、はあ……」
突然哲学のようなことを語り出したシグルズに、オーレンドルフ幕僚長は何と返すべきか分からなかった。
「つまり、僕は勝利の為ならば何でもする。勝利しなければ理想と成し遂げることは出来ない」
「つまりは……」
「ああ。僕の力を使おう。迷っている暇は最初からなかったんだ」
シグルズはゆっくりと立ち上がった。銃弾と矢が飛び交う戦場の真ん中で。
「し、師団長殿!?」
「問題はない」
「…………」
シグルズが手をかざすと、彼の全身を守る巨大な鉄の壁が現れた。それはヴェステンラント軍の矢を簡単に弾き返していた。
「そして、炎だ」
今度は手を空にかざした。すると彼の頭上に半径が腕の長さくらいある巨大な火の玉が複数現れた。それは煌々と輝き、昼間のように大地を照らしていた。
「これで終わりだ」
そしてそれらは一斉に、ヴェステンラント軍の本陣へと飛んで行った。塹壕や防衛線を飛び越え、それは中心にある小規模な砦に飛来する。
それはただの火ではない。それは建物にぶつかるや爆発を起こし、外壁を打ち壊した。更には炎が欠片となって四散し、内部に猛火を広げていく。たちまち炎上していく砦の姿は遠目からでもよく分かった。
「こ、これは……」
「炸裂弾と焼夷弾を組み合わせた特性の砲弾さ」
シグルズは魔法の技術を日々研究していた。その過程で、木造建築物や人間に対して非常に有効な炸裂弾と、粘性のある燃料をまき散らして火災を広げることに特化した焼夷弾を自在に作ることに成功していたのである。
今回はその2つを組み合わせた、炸裂弾の機能で建造物の外壁を吹き飛ばした後に内部を燃やし尽くすという、破壊に特化した砲弾を投げつけたのである。
「な、何を言っているか分からないのだが」
「まあ、それはそうだろうね」
――だってこの世界には焼夷弾何て存在しないのだから。
「しかし、これで目的は達成されたな」
「え、そ、そうなのですか?」
「ああ。敵の指揮機能を奪うのが作戦の目的。これで敵は完全に麻痺した。よって、これより撤退する」
「は、はい!」
敵の前線を無視して頭を潰すという意味では、ある意味で浸透戦術の神髄を体現した戦いであったと言えるだろう。
「全軍、退け! 掩護は僕がする!」
「し、シグルズ様?」
「皆は先に撤退してくれ」
と言うと、シグルズは白い翼を広げ、両軍の頭上へと飛び上がった。上空から火の弾やらを散々に落とし、ヴェステンラント軍による追撃を全力で妨害する。
「おっと、敵も来たか」
ヴェステンラント軍のコホルス級の魔女が次々と上がって来た。
「シグルズ・フォン・ハーケンブルク! また会ったな!」
「……誰だっけ?」
中に一人、ひと際威勢のいい純白の鎧を纏った魔女がいた。いや、その姿はまるで騎士のようであった。
「なっ、忘れたのか!? 我こそはクロエ様が親衛隊長、スカーレット・ドミニク・リーゼンフェルト・ファン・ヨードル! 邪魔はさせんぞ!」
「ああ、そう言えばそんなのもいたな……」
「――この! 覚悟しろ!」
スカーレット隊長は一直線にシグルズに斬りかかった。
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