戦後の策
要塞内から打って出てきたゲルマニアの部隊はクロエの部隊に着々と迫っていた。その勢いは凄まじく、クロエの親衛隊でも押し切られてしまいそうである。
「クロエ様、どうされますか?」
「……こんな状態で要塞を落とせるとは思えません。落とせないのならば、ここに居座る意味もないでしょう……撤退します」
「承知しました。直ちに諸侯に通達します」
その後、ノエルも撤退を即断。ヴェステンラント軍は大きな犠牲を出しながら撤退した。
○
「助かったあ……」
オステルマン師団長は倒れるようにして椅子に座りこんだ。すっかり安心して力が抜けている様子。
「はい。間一髪、援軍は間に合いましたね」
「ああ。弾薬は残り1パーセントを切ってたからな」
弾薬を使い切る正に直前に、ヴェステンラント軍は撤退した。もしも弾薬が尽きかけていると知られていたら要塞は落とされていただろう。ほんの僅かな時間の差で、勝利はゲルマニアに転がり込んできたのだった。
「取り敢えず、ハーケンブルク城伯に礼を言わないといけませんね」
「そうだな。シグルズのお陰で助かった……」
援軍は実は第88師団に毛を生やした程度のもので、その総数は20,000を少し超える程度であった。それを率いていたのは当然シグルズである。
「それにしても、攪乱をここまで上手くやるとは、あいつは頭の中はどうなってるんだか」
「私にも分かりかねます」
「そりゃそうだ」
一体どこでこんな戦術を考え付いたのかは分からないが、兎に角今は勝てたことを喜ぶことにした。
○
ACU2310 4/9 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸
「――なるほど。装甲列車とやらは、ヴェステンラント軍相手にもかなり有効な兵器であると」
ヒンケル総統は報告書に一通り目を通した。そこにはヴェステンラント軍を圧倒した装甲列車の戦績が書かれている。まあまだ一度しか実戦を経ていない訳だが。
「そうだな……労働大臣」
「え、はい」
ヒンケル総統は労働大臣も兼ねているクリスティーナ所長を呼んだ。
「これより装甲列車の量産を許可する。君の権限を以て、装甲列車を可能な限り多く製造せよ」
「は、はい。了解しました」
「閣下、お待ちください」
そこで間に割って入ったのはザイス=インクヴァルト司令官であった。
「どうした?」
「確かにこの兵器は非常に強力です。量産する価値は十分にあるでしょう」
「ああ。だから量産しようと言っているのだが」
「しかしながら、それはあくまで鉄道網の整った帝国領内での話。一度帝国の外に出てしまえば、殆ど使い物にはなりますまい」
所詮は列車だ。敷かれた線路の上しか走れない。
「だが、今のところはそれで問題ないのではないか? こういうのもなんだが、主たる戦場は帝国領内だ」
「確かに今はそうです。しかしながら、いずれはヴェステンラント軍をエウロパから追放すべく、ルシタニア領内への侵攻を見据えるべきかと考えます」
「しかしな……」
ヒンケル総統は渋る。反撃の糸口など全く見えておらず防衛すらおぼついていないこの状態で。侵攻のことなど考えているべきだろうかと。
「閣下、いくら防備を整えた城でも、反撃の手段がなければ敵を撃退することは出来ません。我が軍には防備の手段と同時に攻撃の手段も必要なのです。それも早急に」
ザイス=インクヴァルト司令官は語気を強めて言った。彼の思いは本物だ。弱った敵を最終的に叩く手段がなくては城は守り切れない。積極的な攻撃手段は後から考えるなど、そんな悠長なことをしている場合ではないのである。
「そ、そうか。しかし、我が軍に何があるというのだ?」
「シグルズ・フォン・ハーケンブルク城伯の考案した浸透戦術なる戦術。これは今回の戦いにおいて大きな戦果を上げました」
「それは聞いているが……」
「機関短銃をより大量に量産し、この浸透戦術を大規模に実施することこそ、我が軍が現状取りうる唯一の手段です」
「…………」
確かに、ヴェステンラント軍が守りを固めている陣地を突破することに成功したとの報告も入っている。ブルークゼーレ基地を囲む敵を撃退したのもこの浸透戦術だ。
「しかし、あれはあくまで奇襲だ。敵の防衛線と直接ぶつかるとなれば、上手くいくかは分からないのではないか?」
最長老のカイテル参謀総長は指摘する。確かにホノファーの時は敵の兵力を分散させての突破であったし、ブルークゼーレの時は要塞の中に注意が向いている敵軍を奇襲することで勝利を掴んでいる。
ルシタニア領にあるヴェステンラント軍の防衛線に対してそのやり方が通用するのか、カイテル参謀総長には甚だ疑問であった。あくまで奇襲の効果が大であったと参謀総長は考えているのである。
「その点につきましては、確かに、実証実験を行っていない為、断言は出来ません。しかしながら、我が軍のような明快な序列が存在しないという、ヴェステンラント軍そのものの弱点を突いたこの戦術はいかなる戦場でも効果を発揮すると、私は確信しています」
「ふむ……」
「それ故に、私は可及的速やかな、ヴェステンラント軍への攻撃を提案します」
「い、いや、ちょっと待て。どうしてそうなる?」
ヒンケル総統は話の流れをつかみ損ねた。まあ実際、論理的ではなかったのだが。
「敵が大損害を被っている今こそ、攻勢をしかけるに絶好の機。この機を逃しては、二度とヴェステンラント軍に一太刀を入れることは出来ないでしょう。今こそ、直ちに反撃すべきなのです」
ザイス=インクヴァルト司令官はそう断言したのだった。
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