ブルークゼーレ籠城戦

 ACU2310 4/6 神聖ゲルマニア帝国 アルル王国 ブルークゼーレ基地


「ふむ……敵は是が非でもブルークゼーレを落としたいようだな」


 ザイス=インクヴァルト司令官はブルークゼーレ基地を囲んだ15,000ほどの軍勢を見やりながら煙草を吹かした。彼が仕込んでいた抜け穴は未だに察知されておらず、こうして悠々と戻って来たのである。


「そのようですね」


 隣で副官っぽい雰囲気を出しているのはジークリンデ・フォン・オステルマン師団長である。


「閣下、弾薬は底をつきかけています。この要塞はヴェステンラント軍の精鋭にも屈しない大要塞ではありますが、弾がなくてはいくらなんでも戦えません」

「確かに、それはそうだな」


 これまでずっと、オステルマン師団長の指揮の下、ブルークゼーレ基地は持ちこたえてきた。とは言え弾薬の量は有限であり、備蓄は残り僅かとなっていた。


「大局的に考えれば、ヴェステンラント軍がこれ以上包囲を続けられるとは思えない。あと数日耐えられれば、我々の勝ちだろうな」

「数日、というのは……」

「既に南部の部隊を増援に回すよう手配している。この包囲網も外側から叩けばすぐに破れるだろう」

「それまで耐えられるか……」


 ヴェステンラント軍もゲルマニア軍も薄氷を履むような戦いをしている。ほんの僅かな失敗が勝敗を分けるだろう。


「閣下、ヴェステンラント軍に動きがあります」

「ふむ。諸君、持ち場につけ」


 ○


 オステルマン師団長率いる第18師団は、基地の南方の守りを任されていた。要塞を囲む城壁の外側の塹壕で、今のところは持ちこたえている。


 ヴェステンラント軍は兵力を南北に集中し、防衛線の突破を試みていた。


「閣下、騎馬およそ4,000が突撃してきます」


 紳士の中の紳士と有名なヴェッセル幕僚長は言った。望遠鏡に映る、白い鎧を纏った煌びやかな騎馬隊。事前の準備もなしに突撃とは、ヴェステンラント軍もかなり焦っているらしい。


「そうか……第一防衛線は空だな?」

「はい。閣下の仰られた通りに」

「ああ。ならば問題ない。予定通りに行くぞ」

「了解しました」


 オステルマン師団長には作戦があった。


 ○


 騎馬隊を率いるはブリューヘント伯。戦場に出ると必ず負傷すると有名な、初老の貴族である。貴族としても軍人としても可もなく不可もない人材だ。


「伯爵様、敵の塹壕に人が見えません!」

「な、何だと?」


 ブルークゼーレ基地を守る筈の塹壕はすっからかんであった。戦意を喪失して要塞の中に立て籠もっているのだろうか。


「ど、どうされますか?」

「だ、誰もいないんだったら、突っ込むしかないだろう」

「はっ!」

「あ、ああ。全軍、突っ込め!」


 仮に戦の支度が出来ていなかったのだとしても、これは戦争だ。騎士道精神にも限度がある。ブリューヘント伯は塹壕を突破するという凡庸な判断を下した。


 肉眼でも無人の塹壕の様子が確認出来るようになった。馬に鞭を打ち、全速力で走らせる。ブリューヘント伯は一番先頭に立って駆けた。彼は決して臆病な貴族という訳ではない。


「よし。跳べ!」


 塹壕の前に設置された騎馬突撃対策の空堀を飛び越えた。すぐに他の兵士も続く。


 しかしその時、遠くから重々しい爆音が聞こえた。


「な、何だ?」

「火薬庫で失火でも起こしたのでしょうか……」

「だ、だったら僥倖だ! 突っ込め!」


 更に勢いを付ける。塹壕の幅は空堀よりも広く、馬でも助走を付けさせないと飛び越えられない。


「もう一度だ。跳べ!」


 ブリューヘント伯は塹壕を飛び越えた。が、次の瞬間――


「う、うああ!」


 彼の体は前方十数パッススに吹き飛ばされた。幸いにして魔導装甲が彼を守ったが、地面をぐるぐると転がって、暫く頭が朦朧としていた。


「な、何が起こって――」


 彼の視界は土の色に染まっていた。それは彼の目に汚れが入ったからではない。土煙が舞い、辺り一面の視界が酷く悪かった。また同時に、先程聞いたような爆発音が断続的に響いていた。


「は、伯爵! ご無事でしたか!」


 彼に気付いた兵士が駆け寄って来た。


「あ、ああ。少々骨が折れているようだが……」

「それは、まあ、はい。それよりも、お味方が大変です!」

「な、何が起こっているんだ?」

「ゲルマニア軍の砲撃です。伯爵様の少し後ろにいた兵士は、皆砲弾に巻き込まれ、死んでしまいました……」

「そ、そんなことが……」


 全てゲルマニア軍の罠であったのだ。塹壕を一列使い捨ててでも彼らを誘い出し、そこを事前に照準を合わせておいた大砲で撃つ。その悪辣な策に、ブリューヘント伯はまんまと嵌ってしまったのである。


「そ、損害は?」

「詳しくはまだ……ですが、ざっと1,000を超える者が死傷しているものかと……」

「何ということだ……」


 全軍の四分の一が戦闘不能。これは全滅に近い数値である。


「ここからは、どうされますか?」

「この乱れ切った陣形では、攻めても犠牲が増えるだけだ。撤退する」

「承知しました……」


 取り敢えず、南北両方の戦線で、ヴェステンラント軍の最初の攻撃は失敗した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る