逃走
その後、ヴェステンラント軍は同じように逃走を図った。
「逃げる気のようだぞ」
「ああ。だったら追いかけるのみだ。準備しろ!」
騎馬隊が少しずつ離脱していく。ある程度が駆けだしたところで、シグルズは装甲列車を走らせるように命令した。今回は6両で追いかける訳である。
しかし列車が走り始めた直後、またしても先頭の機関車が脱線した。違う線路を走っている3両の先頭も、同じ様に脱線していた。速度は出ていないので人的な被害は皆無であるのが幸いであったが。
「……またか?」
「そのようだな」
2度も同じことをされるとなかなか苛ついてくる。が、ここは我慢だ。
「ライラ所長、状況はどうです?」
『今度は線路が切断されてるね』
「なるほど……」
それは金属を操るクロエの仕業だろう。間違いない。彼女は列車に乗り込んでくるのと同時にこんな仕掛けをしていた訳だ。
「直せそうですか?」
『さっきより簡単に直せそう。30分くらいかければどっちも直せるよ』
「では、お願いします」
シグルズは非常に強力な魔法が使える訳だが、細かい作業をするのはまた別の技能だ。ここはライラ所長に全面的に任せることにした。
ライラ所長は曲がった線路を真っすぐに直し、欠けた部分は魔法で補った。これは一時しのぎだが、今はそれでいい。彼女の三角帽子と外套という奇抜な格好も相まって、何だか御伽噺の一節を見せられているようであった。
『出来たよ、シグルズ』
「流石です」
実際は30分もかからなかった。
「では全軍、前進!」
気を取り直して汽笛を鳴らし、列車は重い体を進めていく。しかし、その時だった。
「またか!?」
また脱線した。速度が少し出ていたので少々の怪我人が出たが、問題はない。見ると線路がまたもや切断されている。
『師団長、これはどうやら、遥か先までこの調子なようです』
ナウマン医長は感心したような声で告げた。
「本当か……?」
『はい。確認しましたが、ここから確認出来る限り、線路に一定の間隔で切れ目が入っています。復旧にはひと月はかかるでしょう』
「……分かった」
どうやら装甲列車の活躍はここまでのようだ。毎度30分も時間をかけていては追い付ける筈がない。
「総員に告ぐ。作戦は失敗した。作戦は失敗した。これより別命を待つ」
このことはザイス=インクヴァルト司令官に報告し、第88師団の今後について指示を請うことにした。
○
ACU2310 4/4 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 ドルプムンデ
ホノファーは結局落とせず、ヴェステンラント軍は全速力でドルプムンデまで後退した。ヴェステンラント軍がゲルマニア領内で唯一制圧している要塞である。
「姉貴、ここからどうする?」
ノエルはクロエに意見を求めた。
「まあ、ブルークゼーレまで撤退するのが妥当だと思いますが」
「そう、か。私もそう思う」
補給も見込めないこんな敵地のど真ん中の要塞を保持している理由はない。まだ攻勢を続けようというのも無謀というものだ。既に攻勢は頓挫している。
「大体、あなたが今回の総大将なのですから、わざわざ私に聞くまでもないではありませんか」
「それもそうだけど……まあ、一応ね」
「構いませんが」
反論の余地はなく、国境付近まで撤退することが決まった。
「問題は、そこからどうするか、だな」
「ブルークゼーレを落とすべきか否か、ですか?」
「そうだ」
ゲルマニア東部の要衝ブルークゼーレ基地。ここを落とせればゲルマニアの防衛線に大穴が開き、今後の戦況は飛躍的によくなるだろう。
「だけど、問題は落とせるかどうか。難攻不落の要塞であるのは間違いないからね」
「落ちない要塞なんてないと思いますが」
「――それもそうだね。とは言え、時間がかかるのは間違いない。下手をすれば要塞の中の部隊と外から来る部隊に挟撃されるかもしれない」
城攻めというのは責める側が損をする。まあそうでなければ城の意味がないのだが。ブルークゼーレ基地を落とすのに目途が立たない以上、無暗に攻めかかるのは危険である。
「ですが、今回はゲルマニアの鉄道を一時的に麻痺させています。鉄道なしには迅速な兵の展開は出来ないでしょう」
「そうも考えられはするんだが……」
思わぬ収穫であるが、鉄道網にかなりの損害を与えることに成功した。復旧には1ヶ月近くかかるようで、その間ゲルマニア軍は徒歩か馬で移動するしかない。援軍に来るまではかなりの時間がかかるだろう。
「分かっているとは思いますが、今後ないであろう好機ではありますよ」
「姉貴も意地が悪いな……」
「事実を言ったまでです」
こんな状況は今後発生しないだろう。ゲルマニア軍の機動力が麻痺しているというこの状況を捨て置くべきとは思えない。
「だが、南の塹壕には依然として敵が残っている……」
「それも考慮しなくてはなりませんね」
突破したのは塹壕のほんの一部だ。その他の拠点にはゲルマニア軍が駐屯している。距離的にはかなり近いところにだ。
「ですが、私の軍が牽制しているというのもありますよ」
「ああ……!」
考慮すべきものがあまりに多く。ノエルの頭の中は一杯であった。
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