狭い白兵戦

 剣はやがて一周し、最初に刺した場所に到達した瞬間、円形の装甲版が車内に落ちた。


「撃て!!」


 僅かに空が見えた瞬間、シグルズはその穴の先を撃たせる。数十の機関短銃を持った兵士が弾丸を叩きこみ、車内に大量の薬莢が転がっていく。


「銃撃を途絶えさせるな! 隙を見せればすぐに入ってくるぞ!」

「「おう!!」」


 ここまですれば魔導兵とて一瞬で蜂の巣だ。穴を開けたからといって、入っては来られまい。それが1つだけならば。


「シグルズ様、向こうにも敵が!」

「やる気か……」


 違う号車の天井を剣が貫き、またしても穴を開けようと試みていた。


「動けるものはあれに向かえ!」


 こちらも同じ方法で完封した。だが問題があった。


「師団長殿、これでは拳銃弾が足りないぞ」

「そう、だな……」


 機関銃弾ならば山ほど持ってきているが、拳銃弾を使うことはそもそも想定されておらず、手持ちは少ない。この勢いで使っていればすぐに弾が切れる。これはシグルズの考えが足らなかったと言えるだろう。


「だが、どうすればいいと思う? 敵を中に入れるか?」

「今のやり方では弾丸の無駄だ。その方がいいだろう」

「クッ……」


 確かに敵の侵入は防げているが。このやり方ではヴェステンラント兵を殺すことは出来ない。いずれ弾が切れれば、無傷の魔導兵が車内に侵入してくることだろう。


「……分かった。総員、撃ち方止め! 撃ち方止め! 進行方向左に固まれ!」


 シグルズが考えたのは、入って来た敵兵を逐一殺すことで弾薬を節約するという方法である。


 銃撃を止めてもヴェステンラント軍は暫くは何もしてこなかった。ノエルを撃つ機関銃の絶え間ない銃声を除けば、車内に静寂が訪れた。


 と、その時だった。


「ゲルマニア人ども、覚悟しろっ!!」


 雄叫びを上げながら、剣を持った魔導兵が飛び降りてきた。落ちてきた勢いで1人が斬り殺された。


「撃て!」


 彼を囲んだゲルマニアの兵士が一斉に引き金を引く。彼は瞬く間に死んだ。だが間髪空けずに次の魔導兵が飛び降りてきて、殺される前に2人を殺した。その彼が死ぬ前にもう1人と、次々と魔導兵が飛び込んでくる。


 白い甲冑を着た死体が折り重なっていくが、黒い軍服の死体も増えていく。非常に局地的だが、泥沼の戦いとはこういうものを指すのだろう。


「し、師団長、我々も加勢します!」


 機関銃の射手が叫んだ。だがシグルズがそれを受け入れることは出来ない。


「ダメだ! お前たちは正面だけ見ていればいい!」

「で、ですが!」

「命令は絶対だ! 反論は許さない!」


 彼らにはノエルの騎馬隊を撃ち続けてもらわねばならない。背後で壮絶な殺し合いが起こっているのは気にせずに。彼らの気持ちはよく分かるが、彼らが機関銃を手放せばもっと酷いことになる。


「師団長殿、弾切れです!」

「もうか……小銃に持ち替えて距離を取れ!」


 早々に機関短銃の弾が切れてしまった。後は小銃を使って戦うしかない。機関銃と小銃は同じ弾を使っているから、弾薬には余裕がある。


 だが、近距離では小銃は機関短銃に到底及ばない。


「僕も、戦うしかないか……」


 シグルズは覚悟を決めた。自分の魔法を使うしか道はないと。


 彼は魔法で剣を生成し、穴の傍に立った。まず目の前にいた魔導兵を一瞬にして両断する。


「他の者は向こうの援護に回れ! ここは僕が引き受ける!」


 一対一ならばシグルズは絶対に負けない。降下してくる敵を片っ端から斬り殺していけばいいのだ。


 だが、それでも向こう側の戦況はよくない。オーレンドルフ幕僚長も奮戦しているが、徐々に押され、多くの兵士が斬り殺されている。シグルズは1人しかいない。このままでは制圧されるのも時間の問題だろう。


 だが、その時だった。


「機関車の音……間に合ったか!」


 銃声に交じって、遠くから汽笛が聞こえてきた。


 ○


 白の魔女クロエは装甲列車の上に飛び乗って指揮を執っていた。戦況は優勢であったが、そこに思わぬ存在が現れた。


「最初に潰した装甲列車……早過ぎますね」


 立ったの1時間程度で線路を修理してきた訳だ。ゲルマニアの技術力、恐るべし。


「クロエ様、どうされますか?」


 彼女のメイド、マキナは尋ねた。今日は透明にならず普通に姿を見せている。


「そうですね……まあ、撤退しますか」

「承知しました。直ちに全軍に伝えます」


 クロエはあっさりと好機を手放した。すると当然、それに文句を言ってくる人物がある。


「クロエ様、どうしてですか!? このままいけば装甲列車を奪えるというのに!」


 猪突猛進の女騎士、スカーレット隊長である。


「あの装甲列車の機関銃に撃たれれば、こんな狭い場所にいる私たちはひとたまりもありません。兵を無駄に死なせたいのですか?」


 少し離れた線路を進んできている装甲列車。その機関銃は容易にクロエたちを狙い撃てる。列車の上などという不安定な環境で、ノエルがやっているような防御陣形を取ることは出来ない。


 故に、少なくともここは撤退するしかなかった。


「わ、分かりました……」

「そもそも私たちの目的はノエルの救援です。装甲列車を撃破したり鹵獲したりすることではありませんよ」

「そう、でした。私の誤りです」


 いずれにせよ、ライラ所長の素早い工事によって、シグルズの装甲列車は危機を脱したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る