援軍

 機関銃の砲火は絶えず、ヴェステンラント軍は防戦一方。勝利を確信したシグルズは、その宣言をすることにした。


『ヴェステンラント軍の諸君! これ以上の無益な戦闘を、我々は望まない!』


 魔導通信機を応用した拡声器で、銃声をかき消す勢いの大声を出して呼びかける。


『今すぐに降伏するならば、命と最低限の生活は保障しよう!』


 ヴェステンラント軍はいつも数が少ない。捕虜として取るには楽な相手だ。


『早急に降伏せよ! さもなくば、諸君はこのまま殲滅されるのを待つだけだ!』


 以上、典型的な降伏を呼びかける勧告である。


「相手が応じるとは思えないが……」


 オーレンドルフ幕僚長は言った。確かに、そう簡単に降伏するような連中ではないだろう。


「ノエルはそう考えるかもしれないが、敵が内部から崩れる可能性もある」

「確かに、そうだな」


 ヴェステンラント軍はゲルマニア軍のように厳格な指揮系統を持っておらず、ノエル直轄の兵力を除いた兵は、直接的には各々の君主に仕えている。そして、君主の君主は君主に非ずと言うように、下級の兵士にノエルの命令を聞き入れる義務はない。


 つまりこのまま玉砕はしたくない封建領主が勝手に降伏する可能性も十分にあるということだ。シグルズはどちらかというとそうなることを期待していた。


 と、その時、返事が届いた。


『私たちが降伏するとでも? 最後の一兵になるまで戦い抜くに決まっているだろうが! 分かったらその口を閉じやがれ!』


 非常に口が悪い。仮にも大公の娘だというのに。シグルズはやれやれと首を振った。


「ここまでは、予想の範囲内だ」

「これから敵が自壊することを期待する、ということか」

「ああ。銃撃を途絶えさせるな! 弾丸は全て撃ち尽くしても構わない!」


 こんなことをしてでも士気を上げねばならないということは、敵に余裕がないということ。このまま圧力を加え続ければ敵は内部崩壊する筈。シグルズは益々勝利への確信を深めた。が、その時だった。


「シグルズ様! 前方から多数の反応! 数はおよそ4,000!」

「何だって?」

「敵にも奥の手が残っていた、ということだな」

「相変わらず動じないな、君は」


 装甲列車の前方から迫りくる軍団。それは真っ白な甲冑に身を固めた、白公クロエの率いる軍団であった。ホノファーは捨て置いてここまで来たのであろう。その目的がノエルの救援にあるのは明白だ。


「まあ、数が増えたところで問題はない。弾はギリギリかもしれないけど」

「いや、そうでもなさそうだぞ、師団長殿」


 オーレンドルフ幕僚長は険しい顔をして魔導探知機の反応を見つめている。


「――何でだ?」

「この方向、列車のまさに真正面だ。そうだな、ヴェロニカ?」

「は、はい」

「そう、か……」


 装甲列車の兵装は、基本的に中世のガレオン船と同じ発想で取り付けられている。即ち、側面に大量の大砲を並べ、艦の側面を敵に向けての戦闘を期待したものだ。


「だから、正面は、何もない」


 艦首にはほぼ何の武装もない。まあ機関車に武器を付けるというのはそもそも無理があるのだが。船だったらその場で船体を傾ければいいのだが、列車の場合はそうもいかない。


 これは明らかの設計の欠陥だ。


「しかし、奴らは線路の中を疾走しているのか?」

「……そのようだ」


 とても馬や徒歩で進むべきでは場所を、白の軍団は疾走していた。馬が頻繁に転びかけたり陣形が乱れたりはしていたが、確かに線路の間を無理やりに走っていた。


「どうする、師団長殿?」

「……前方の機関銃は出来る限り白の軍を狙え!」


 先頭の機関銃を限界まで傾ければ、何とか列車の進む先を狙うことが出来る。とは言え、たったの数丁の機関銃では4,000の軍団は止められない。


 十数の兵士を倒しただけで、彼らの進撃の勢いは変わらなかった。


 そうしてすぐに彼らは列車に肉薄した。ここまで来ると側面の機関銃からは射角の外となる。


「機関車も装甲は貼ってある……さて、どうする?」


 シグルズは先頭の機関車にやって来た。


 防弾の為に窓は閉じざるを得ず、外の様子は分からない。かんかんと装甲を叩く音が聞こえるが、装甲が破られることはなさそうだ。敵の様子が音でしか分からないというのは不気味だった。


 暫くすると、敵は装甲を破ろうとする努力を諦めた。


「上?」


 その時、シグルズの頭上から小さな音が聞こえた。それは足音のようである。


「天井に上ったか!」

「そのようだな」

「ど、どうします!?」


 その時、魔導通信機が唸った。


『師団長! 敵が天井に!』


 天井に備え付けてある対空機関砲の要員からだ。これを水平にして使えば応戦も出来なくはないが、流石に分が悪いだろう。


「中に戻れ! ハッチはちゃんと閉めておけよ!」

『了解!』


 対空機関砲は放棄。半ば飛び降りるような勢いで、対空機関砲の射手は車内に戻った。それから十秒も経たないうちに、頭上を横切る無数の足音が聞こえた。


「屋根の装甲は薄い。直に突破されるだろう」


 オーレンドルフ幕僚長は冷静に分析した。


「そうだな。総員、機関短銃をありったけ用意せよ! ただし、機関銃は撃ち続けろ!」


 赤の軍団に向けた機関銃の引き金は退き続けなければならない。応戦はそれを除いた兵士で行う。


「来たか」


 火花を上げながら天井を突き破り、魔導剣の刀身が姿を現した。それはゆっくりと円を描き、人が侵入出来る程の穴を開けていく。

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