大船の最期

「鉄甲船を前に出せ。また焙烙火矢を持たせよ」


 大船は逃げるのを放棄した。白兵戦で決着をつもりらしい。であれば鉄甲船を使わせてもらう。


 鉄甲船には大砲が積んであり、それが主力兵器であるのだが、晴虎は同時に焙烙火矢を持たせるように命じた。これは村上水軍の小早で接近するのは危険過ぎるからである。


「晴虎様、敵の大弩です」


 大船もやっと調子を取り戻してきたらしい。いくつかの安宅船に穴が開く。


「で、あるか。矢を以て牽制せよ」


 主に甲板に配備された弩砲は大して保護されていない。こちらから弓矢で攻撃することは十分に可能である。晴虎は一斉に矢を撃ちかけさせ、弩砲の砲手――或いは射手は直ぐに矢で貫かれ沈黙した。


 だがヴェステンラント側は次々と兵を出して攻撃を仕掛けてきた。


「鉄甲船を急がせよ」


 鉄甲船はやはり遅い。安宅船を以て包囲を続けながら、晴虎は鉄甲船を改良する必要を感じていた。


 ○


「急げと言われても、こっちも全速力なのだぞ」

「晴虎様に訴えますか?」

「いや止めておく」


 ぶつぶつと陰口を叩きながらも、嘉信は鉄甲船を率いて大船に向かっていた。非常に効果で建造に手間のかかる鉄甲船を沈められた恨みをここで晴らしてやろうと。


 大船は停止していて、鉄甲船団はまもなく追い付き、他の安宅船と場所を交代していく。


「撃ってきますね」


 すぐ目の前に巨大船が聳え立ち、その甲板や舷側から次々と矢が飛んできた。それらは鉄甲船の装甲に音を立てて跳ね返されているのだが――


「そ、そうだな。お、落ち着け……」

「嘉信様が一番落ち着いていないのでは?」

「そ、そんなことはな――ひっ」

「大丈夫ですか……」


 こんなに近くから撃たれるとは思ってもおらず、嘉信は装甲が破られるかもしれないという恐怖で死にそうだった。


「せっかく大金をはたいたのでしょう? その装甲が弩程度で破られはしませんよ」「そ、そうだな。そうだ。ヴェステンラントの弩などが我らの鉄甲船に通じる筈がないな!」

「はい」


 そうこうしているうちに包囲網は完成した。鉄甲船が最前線に立って囲み、その他の船は鉄甲船の後ろから矢を絶え間なく撃って掩護する。


「晴虎様より、鉄砲と焙烙火矢に火を付けよと」

「分かった。皆の者、弾込めせよ」


 ――晴虎様は大筒の撃ち方を分かってるのか?


 大筒に特性の炸裂弾が詰められ、火縄に火が付けられる。


「放て!」


 十一隻の鉄甲船、一隻につき六門の大砲、合計して六十六の大砲が一斉に火を噴く。爆発が連続して起こり、木片が飛び散り、大船の舷側にいくつもの大穴が空き、今にも甲板から崩れ落ちそうな無残な姿になった。


「い、いけるか?」

「いいえ、嘉信様」

「く……」


 流石はヴェステンラントの船。そこまで削られた傷跡もすぐに癒えていく。おぞましいほどの耐久力だ。


「大筒は次の弾を込めよ! 焙烙火矢を投げつけよ!」


 大筒は弾を込めるのに時間がかかる。ではその間に何をするのか。焙烙火矢を投げつけるのである。


 武士たちは大船からの攻撃の合間を縫って身を乗り出し、焙烙火矢を投げつけるとすぐさま船内に戻る。酷く不格好であるが、被害を出さずに確実に攻撃する方法ではあった。


 それを繰り返すと、次第に大船は燃え上がり始めた。


「おお、いいぞ、燃えてるな」

「はい。火を消すのはそう簡単ではないようです」


 魔法で船体を修復したと思ったらそこが燃え上がるのだ。ヴェステンラントの魔導兵には憐れみを感じざるを得ない。


「大筒の用意が出来ました!」

「よし。放て!」


 火を消そうと思えば今度はまた舷側から空が覗く。鉄甲船による集中砲火は大船の修復能力を優に上回っていた。


「嘉信様、敵が逃げます!」


 ついに大船は負けを悟ったようだ。逃げ出そうと無理やり進み始める。


「そうはさせん! 縄を撃ちかけよ!」


 一度試し失敗したこの方法。だが今回は条件が違う。味方からの掩護は厚く、鉄甲船も砲火を交える構えだ


 縄の先に矢じりを付けたような砲弾。鉄甲船から一斉に放たれたそれらは大船に突き刺さり、大船の動きを止めた。


 ヴェステンラント兵は縄を切ろうにも大八洲勢からの射撃が激しく動けない。後ろの安宅船からの掩護が効いている。


「動きが止まりました!」

「よし! 撃てい! 撃ちまくれ!」


 鉄甲船団は鉄砲と焙烙火矢による攻撃を容赦なく続けた。爆音が絶え間なく響き続ける。次第に大船は崩れ落ちていった。


「甲板が崩れました!」

「いいぞ……」


 甲板が音を立てて崩落。この時点で弩砲がほぼ使用不可能になる。


 その後も大船は崩れていった。しかし、沈みはしない。浮かんでいることすら不思議な姿になり果てているというのに。


「早く沈まんか……」

「ん? 嘉信様、あれを見て下さい」

「何だ?」


 見ると大船の前方から水泡が登って来ていた。一体何かと見つめていると、それは次第に激しくなり、そして何かが海中から姿を現した。


「ふ、船!?」

「そ、そのようですね……」


 船が出てきた。小ぶりではあるが、水の中から船が出てきたのだ。嘉信でもそんな話は聞いたことがない。


「に、逃げるのか?」

「嘉信様、大船が沈みます!」


 それと同時に大船はずぶずぶと沈み始めた。まるで海中から船を支えていた何かが取り払われたかのように。そこで嘉信は気づく。


「そ、そうか! あの船を追え!」

「え、あ、はい!」


 あの船にヴェステンラントの兵士が詰まっているのだ。恐らくはレギオー級の魔女とやらも。嘉信は全力でそれを追うよう命じた。晴虎にも迷わず進言した。しかし――


「は、速過ぎる……」

「ですね……」


 小舟の速度は異常だった。小型快速の小早でも全く追い付けず、たちまち地平線の彼方へと逃げ去ってしまった。

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