小早

「――で、鉄甲船を盾にせよと? そう晴虎様は申しておるのか!?」


 九鬼形部嘉信はキレ気味に聞き返した。


「そのように、確かに、仰せつかっております」

「そ、そうか……」


 どうやら間違いなどではないようだった。晴虎は小早を鉄甲船の陰に隠しながら進ませよというのである。確かにそうすれば小早を安全に接近させることは出来る。が――


「あの村上の海賊どもの我らの鉄甲船を使わせよと?」

「はい。晴虎様からの御命令です」

「ぐぬぬ……」


 大口を叩いているものの、実際のところ嘉信には晴虎に逆らう勇気などなかった。直接言うでもなく陰口を叩くだけの器の小さい男である。


「そもそも、我らも海賊ではありませんか」

「そ、それは言うな」

「では村上殿を海賊だと罵らないことですね」

「お前は本当に私の家臣なのか……?」

「私は嘉信様の家臣ですよ?」

「……」


 大八洲においては国家が管理する海軍という概念はない。基本的には独自に海軍戦力を持つ在地の勢力を傘下に組み込むことで水軍としている。大名の傘下に加わる前の勢力は海賊以上の何者でもない。


 その点、九鬼水軍も村上水軍も、もとはと言えば海賊で同類なのである。


「ま、まあよいわ! 村上の小早を鉄甲船に括り付け、前進せよ!」


 嘉信は渋々作戦を承諾し、鉄甲船は重い腰を上げた。


 この世界における鬼道または魔法は、地球では奇妙に見えるようなことも可能にする。例えばこの船団。


 鉄甲船は敵に舷側を向けながら、つまり横方向に前進していた。風や水流を無視し、鬼道の力で無理やり船を動かしているのである。こうすればまず、動きながらでも絶えず砲撃を浴びせられる。


「あの野蛮な男の盾になるのは気に食わぬが……」


 そしてもう一つ。横向きになれば敵に見せる面積が増える。即ち、より多くの小早を護衛しながら進めるのである。


「さっさと進め! 時をかければ修理にかかる金が増えるぞ!」


 矢を雨のように受けつつ、砲弾を嵐のようにぶち込みつつ、小早を側面に繋いだ鉄甲船はヴェステンラント艦隊へと全速力で前進した。その間、装甲に塗りたくった金箔はどんどん剥がれていった。


 ○


 その繋がれている方。自らも小早に乗る海賊、村上兵部虎吉の船上。


「ここらで十分だ! 縄を切れ! 突っ込むぞ!」

「「「おう!!」」」


 海賊たちは雄たけびを上げ、鉄甲船に繋がれた縄を切り落とし、一斉にヴェステンラントの大型船に突撃を始める。


『どうして縄を切るのだ!? ほどけばいいだろう!?』


 威勢よく突っ込もうとした時、嘉信からの悲痛な声で通信が入った。


「いいじゃねえか! ちまちま縄をほどいてなんざいられねえ!」

『結ぶのは上手なくせにか!?』


 船では何かと縄を使うことが多い。碇に使ったり荷物をまとめたりなど、縄の使い方は数多く存在する。それ故に村上水軍は縄の扱いに慣れている筈なのだが。


「こういうのは景気づけが大事なんだ。分かってないなあ、これだから商人かぶれのヘタレは困る」

『お、おま――』


 虎吉は通信を無理やり切断した。


「野郎ども、突っ込め! 村上の恐ろしさ、見せてやる!」

「「「おう!!」」」


 百を超える小早がヴェステンラントの大型船に隙間に侵入していく。


 虎吉自ら先陣に立ち、自分の船を以て戦う。あまりにも距離が近く、ヴェステンラントの弩砲は機能を果たせない。


「投げ入れろ!!」


 虎吉の指示があると兵の一人が焙烙火矢に点火し、導火線の長さが敵船にぶつかったところでちょうど爆発する具合に投げ込んだ。


 狙い通り、焙烙火矢は敵船の甲板にぶつかる瞬間に爆発し、炎上し始めた。破壊力よりも木造の船を焼くことに特化した爆弾である。


「火を消せ!」「こっちだ! 早く!」


 ヴェステンラントの魔女は次々と飛んでくる焙烙火矢の処理で手一杯。水の魔女は当然として、その他の魔女も総動員しての消火作業だ。とても反撃に出られる状況ではない。


 だが、それでもヴェステンラント兵はよく耐えた。


「虎吉様、敵の弩です!」


 甲板から数十の魔導兵が通常の弩で反撃を試みる。防御の手段が全くない小早からすると、それだけでも大きな脅威ではある。しかし――


「あっちの船の後ろに回り込め!」

「承知!」


 弩による砲火から逃れる為、船団は踵を返して別のヴェステンラント船の背後に回り込んだ。


 圧倒的な機動力を持った小早の船団に翻弄され、ヴェステンラント艦隊は混乱を極めていく。


「お、あっちの船はよく燃えてるじゃねえか」


 船体全体を炎が包むような大炎上。消火にすら失敗した船の運命はこうだ。


 だが、全体的には無事に浮かんでいる船の方が多い。やはり焙烙火矢も決定打とはなり得ないようだ。


「後はあのでけえ船が気になるが……」


 未だに動かず鎮座している、安宅船三隻分ほどの巨船。恐らくはヴェステンラントの切り札であろうに、ここまで押されて動かないというのは不気味過ぎる。


 不安は残る。だが、動かないのならいないに同じ。


「そろそろ本陣に動いてもらうとしようか」

「晴虎様にお伝えしますぜ」

「ああ。頼んだ」


 虎吉は船上に仁王立ちして、戦の流れを見据えていた。

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