鉄甲船

「敵船、距離は二十町!」

「よし。大砲を撃てい!」


 堺の鉄砲鍛冶が仕上げた特性の大砲。一隻につき八門で、合計八十門のそれが一斉に火を噴いた。反動で船がぐらぐら揺れるが、それは設計に織り込み済みである。


 砲弾が当たるや、ヴェステンラント船の内部で爆発が起き、木材や人やその他の部品が爆散した。小型船に至ってはたったの一発でたちまち船は傾き、どんどん水に沈んでいく。


「流石は鉄砲。金を払う値打ちはあるぞ……」


 ここで言う鉄砲とは銃器のことではない。中に火薬を詰め込んだ砲弾のことである。九鬼水軍は炸裂弾が木造帆船に有効であることを見抜き、既に量産させていたのである。無論これは鬼道の助けを借りたものである。


「よし! このまま撃ち続けろ! 大金はたいただけのことはあるぞ!」


 大砲の扱いにも慣れているのが九鬼水軍だ。慣れた素早い動きで次の砲弾を装填し、次々と撃ち込んでいく。その度に大爆発が起こり、ヴェステンラントの船団に甚大な損害を与えた。


「敵が接近して来ています!」

「流石に来るか……下がれ! 味方にもそう伝えよ!」


 一方的な殺戮に耐えられず、ヴェステンラント軍は前進を始めた。


 だが、そう来るのなら下がればいいだけの話。こちらの砲弾が届くギリギリの距離を保ちつつ――炸裂弾の威力は距離が離れても変わらない――味方の艦隊も巻き込んで、鉄甲船団は後退していった。


 その間にも砲撃は継続され、ヴェステンラント軍は何の抵抗も出来ないまま損害だけを増やしていった。もっとも、犠牲となっているのは主に十数人乗りの小型船であるが。


 そうして八十隻ばかりを沈めた頃。


「ぬ、止まったか」

「そのようですね」


 突如、ヴェステンラント艦隊の動きが止まった。大八洲艦隊もそれに合わせて停止する。


「何だ……何をするつもりだ……」


 嘉信がじっと眺めていると、やがてヴェステンラントは動いた。大型船が若干前に出て、小型、中型船はその背中に隠れるようにして後退したのである。


「なるほど。大船を盾にするつもりか」

「そのようですね」

「だが、そんなものでこの高価な大砲には勝てぬぞ!」


 嘉信は誇らしげに宣言した。


「皆の者、ぶっ放せ! 図体のでかさなんぞ、この大砲には関係ない!」


 砲撃が再開される。


 大型船であろうと炸裂弾は威力を発揮し、甲板や舷側の木材を吹き飛ばした。だが、一向に敵船が沈む気配がない。


「――やはり堅きは堅いか。皆、撃って撃って撃ちまくるのだ!」


 嘉信は単に時間がかかるだけだと判断し、砲撃を続けさせた。しかし、確実に砲弾は命中し、船体は砕けていたが、まだ一向に沈む気配はない。


「嘉信様、これをご覧ください」

「何だ?」


 彼の家臣は望遠鏡を差し出した。


「敵船の様子をご覧ください」

「わ、分かった」


 半信半疑ながら望遠鏡を覗き込む。すると――


「何だあれは……」

「船が直っていくようです」


 船の破壊した部分が即座に修復されているのが見えた。瞬きをした次の瞬間には、砲撃などなかったかのように船体が元に戻っているのだ。これは間違いなく鬼道である。


 鬼道を技術と組み合わせることに秀でた大八洲と比べると、純粋な鬼道の技術においてはやはりヴェステンラントに一日の長があるらしい。


「この調子では埒が明かないかと」

「そ、そうだな。上様と晴虎様に伝えねば」


 上様というのは、彼の直接の主である齋藤大和守虎信のことである。上杉家の重臣で、大和國の抑えを担当している大名格の武将だ。


 さて、大砲も魔導弩砲も効果がなくなってしまった。大砲で破壊したものはすぐさま直され、弩砲は鉄甲船の装甲を破れない。完全な膠着状態である。


 ○


「――で、あるか。あの大砲も効かぬとはな」


 晴虎の表情は驚いたというより楽しんでいるようであった。


「晴虎様、このままでは我らの負けです。何らかの手を打ちませぬと……」


 朔は不安げに。


 この戦い、大八洲の目的はヴェステンラント艦隊を打ち倒してアチェ島に上陸することだが、ヴェステンラントの目的はそれを阻むことでしかない。極論、大八洲に一隻の損害すら与えられなくても、それさえ阻めれば何の問題もないのだ。


 そう考えると、この膠着状態はヴェステンラントを利するものである。彼らは負けなければ勝ちなのだから。


「無論、分かっておる」

「はっ。失礼を致しました」

「次なる手……ここは毛利殿に頼むとしようか」

「承知しました」


 これだけで伝わる。晴虎は次に村上水軍を使おうとしているのである。


 因みに、毛利家は村上家の主家である。武田樂浪守信晴が彼を推していたのは、毛利周防守が信晴に依頼したからである。


「ほう。それで、ついに俺たちに出番って訳ですかい?」


 海賊の棟梁のような武将、村上兵部虎吉は、晴虎の前でも大して畏まったりはしなかった。


「うむ。村上には、ヴェステンラントの大船を焼いてきてもらいたい」

「恐れながら、晴虎様」

「何だ?」

「あの船が持つ大弩、あれに撃たれれば小早は簡単に沈んでしまいます」


 こんな剛毅ななりをしておいて、頭の中は冷静沈着なのである。魔導弩砲の破壊力自体はそう高くないが、数人乗りの小舟である小早くらいなら簡単に沈められる。


 それに弩砲の狙いはかなり精確である。


「なるほど。それはよくない」

「はい。ですのでご一考を」

「ふむ……」


 征夷大將軍相手にも全く怯まない虎吉に、周りの者は冷や冷やしていた。だが当の晴虎は全く気にせず、暫し策を練っていた。


「では、こうせよ」


 そして作戦を諸将に告げた。

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