突入

『これはこれは大公殿下。このような時にどのようなご用件でしょうか?』


 凄まじい速度で通信に出たザイス=インクヴァルト司令官は、あまりにもわざとらしく畏まった。


「えー、現在我々は、貴国の兵士を数万人は捕虜にしています」

『ほう?』


 続けろと促す。察するに、前線の状況はほぼ知れているようだ。


「そこで、この捕虜を解放する代わり、直ちに降伏しませんか?」


 捕虜がいるから撃たないでくれ、などという弱気な態度では足元を見られるだけだ。そのことを伝えつつ、あくまでヴェステンラント側――クロエが主導権を握らねばならない。


『一応は聞いておきますが、条件は?』

「ブルークゼーレ基地の人員は全て逃げることを許します。その上で無血開城をしてくれればよろしいかと」

『なるほど。妥当な条件ではありますな』


 太っ腹な条件ではある。ゲルマニア軍で最も面倒な相手を無事に逃がしてやると言っているのだから。


 本当なら彼を殺しておきたいが、低地地方を落とす方が優先である。


「で、どうです?」


 別に降伏しなくてもそう問題にはならない。そもそもの目的は大量の捕虜を取ったことを伝えることで、それは最初に達成している。


『実にありがたい申し出ですが、我が軍が神聖なる大地をただで明け渡すことはありません』

「そうですか。残念です」

『それでは、また戦場で』

「ええ」


 交渉は無事決裂。クロエはノエルに侵攻を再開するように伝えた。


 ○


「撃っては来ませんね……」


 ゲルタは呟く。


「流石にこんな数を殺す訳にはいかないだろうさ」


 クロエが通信を終えてから数十分。ゲルマニア軍からの砲撃はなかった。


 ゲルマニア軍の抵抗は完全に粉砕され、防衛線は残すところ1つのみ。これさえ落とせばブルークゼーレ基地まで一直線だ。


「よし。準備は整ったな。全軍、進め!」


 ノエルは号令をかけた。


「「「おう!!」」」


 いとも簡単に塹壕を落としたからか、兵士の士気は高い。ノエルが先頭に立って駆け始めると、それに猛然と続く。


「の、ノエル様、次も同じように行けるのでしょうか……」

「ま、多少は難儀かもしれない」


 土煙はすっかり薄くなっている。視界は鮮明だ。


「だが、既にゲルマニアは多くの兵を失っている。この兵なら落とせるだろうさ」

「は、はい……」


 こうなるとノエルが狙われるのは避けられない。ゲルタは全力でノエルを守りながら、銃弾の嵐の中に飛び込んでいった。


 確かに銃弾の数は少ない。ゲルタでも十分に防ぎきれる数だ。ゲルマニアの予備兵力もここまでという訳だ。


「今度は突入だ! 突っ込め!」


 馬ごと塹壕の中に突っ込んで、中に入ったら下馬戦闘。魔導剣を抜きゲルマニア兵をばっさばっさと斬り倒す、筈だったが。


「危ない!」

「何!?」


 数多の銃弾がノエルを襲い、ゲルタはそれを何とか防いだ。だが、すぐに防戦一方となってしまう。


「赤の魔女だ! 討ち取れ!」

「またかよ……」


 ノエルは狭い塹壕の中で左右から挟まれてしまった。


「ノエル様、隠れて下さい!」

「チッ」


 ゲルタは塹壕を塞ぐように壁を作った。その中にノエルとゲルタと軍馬2匹が閉じこもる。だが、そうするとこちらからも手出しが出来ない。


「手榴弾だ!」

「何だって?」


 ゲルマニア兵が何やら指示をする声が聞こえると、壁で塞がれた狭い部屋の中に小さな球が投げ込まれた。鉄で出来ていて色々なものが付いているそね球は、どう見てもやばそうな代物である。


「の、ノエル様! 離れて!」

「あ、ああ……っ!」


 それは爆発した。激しい風圧を感じる。が、それだけであった。


「間一髪、でしたね……」

「あ、ああ……」


 手榴弾は鉄の箱に覆われていた。風圧は、僅かに完成が間に合わなかったところから漏れ出たのだろう。


「ゲルタ、壁に穴を空けろ」

「ええ……あ、はい。了解です」


 ゲルタは鉄の壁に細い隙間を設けた。ノエルは魔導弩を取り出すと、その隙間に先端を突っ込み、壁の向こう側に向かって射撃を始めた。


 実質的には城壁などと同じ条件だ。ほぼ一方的に撃てる。また、その間にもゲルタが魔導通信機からの報告を聞かせ続けた。自らが戦いながらでも、ノエルには戦況の判断が出来るのである。


「しっかし、どうしたもんか……」

「ですね……すっかり泥沼です……」


 諸将からの連絡を聞いても、戦況は芳しくない。他の兵士もゲルタとノエルのように壁を作りながら戦っているようだ。


 ゲルマニアは戦術を接近戦に切り替えたらしい。クロエから報告を受けていた手で持てる機関銃――機関短銃であるが――は相当な数配備されている。


「それに、兵士を隠してやがった」

「ええ」


 突入の前に砲火が弱かったのは演技だった。本当はまだ数万の兵士が詰まっていたのである。


「ノエル様、ノエル様の魔法を使うしかないのではないでしょうか……」

「そうだなあ……」


 ノエルは上の空に答えた。その選択肢について、ノエルは言われる前から思索にふけっていたのである。


 それは軍事的には正解だ。火の魔法の中で最も簡単な火炎放射。ノエルの場合はこれが数百パッススも届く。だが、これもまた惨い方法なのである。


 正直言ってノエルはやりたくなかった。

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