粉砕
ACU2310 3/18 アルル王国 ブルークゼーレ基地
「まさかこんな方法で塹壕を突破するとは思わなかったが――」
ザイス=インクヴァルト司令官は余裕に満ちた笑みを浮かべ、葉巻を吹かせた。その様子に部下たちの方は不安に襲われるばかりである。
「予備兵力くらい常に置いておくに決まっているだろうに、愚かなものだ」
塹壕に詰めている兵士とは別に、後方には数個師団の予備兵力が常に配置されていた。ザイス=インクヴァルト司令官はこれを前線に投入したのだ。
ノエルの予想は見事に命中していたということになる。
「さて、ヴェステンラントの大公殿下がどう戦うか、ゆっくりと見物しようではないか」
「は、はい……」
これこそ悪魔。悪魔そのものである。
○
ACU2310 3/18 アルル王国 第三防衛線正面
「……ゲルタ、弾がやけに外れると思わないかい?」
「そ、そうでしょうか……?」
ゲルタにはその感覚は分からなかったが、ノエルはそれを確信していた。
弾が当たらない。それは何故か。それは――
「ああ、そうか。こんな土煙の中で精確に撃てる筈がない」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。そうだ。だったら、今は絶好の機会! 全軍、突撃だ!」
「ほ、本気ですか!?」
ゲルタは突撃をする気にはなれなかった。この銃声の中に飛び込もうとは誰も思わない。だが、それこそがゲルマニアの作戦なのだ。
「奴らはテキトウに撃っているだけさ。当たりはしない。当たったとしても何発かは耐えられる。さっさと進め!」
銃声というのは、弓や弩には――それらも全くの無音ではないが――ないものである。その音だけで、長らく銃を使ってこなかったヴェステンラントの兵は怯んでしまうのである。
いや、少し戦ってその威力を理解した今だからこそ、その恐怖は大きくなっているだろう。
だが、それはただの見かけ倒し。恐れることはない。
「進め! 進まないと私が焼き殺すぞ!」
ノエルは全軍に怒号を叩きつけた。そうしてヴェステンラント軍は動き出す。
壁は捨て、着込んだ魔導装甲に頼りながらの侵攻だ。
「の、ノエル様は?」
「私がビビっててどうする! 進むぞ!」
ノエルは魔導装甲すら着込んでいない。言わばただの生身の人間である。そんな彼女が先頭に駆けだすのだ。兵士も続かざるを得ない。
大半の者は半ばやけくそになって、歩兵も騎兵も一斉に駆けだした。
「ぐっ――」
勢いもついてきた頃、ノエルの腹を弾丸が掠めた。
「の、ノエル様!?」
「心配するな! ただ駆けろ!」
「は、はい!」
ノエルも血を垂らしながら走る。走って走って走り続ける。
体感時間では相当な時間走り続けたように思えたが、実際の時間は2、3分。
「塹壕か――騎兵はこのまま次の防衛線へ! 歩兵はここを制圧しろ!」
「あ、赤の魔女だ!!」
ここまで目立つノエルに気付かない筈もない。ゲルマニアの兵はノエルの姿を発見するや、一斉に砲火を浴びせようとした。
「悪いね! 私はあんたらには興味ないんだ!」
ノエルは彼らを一瞥すると、馬に勢いをつけ、塹壕を飛び越えた。眼下の兵士は茫然と馬の腹を見つめていた。
「う、嘘だろ……」
「みんな、私に続け!」
ノエルに続き、先行した騎兵が塹壕に突撃。少々の損害は出たものの、殆どが塹壕を飛び越えた。そして次の塹壕線へと向かう。
○
後続の歩兵部隊を率いるは、白の国のクロエである。そしてその先鋒を務めるは、彼女の第一(か第二)の家臣、スカーレット隊長である。
白く磨かれた絢爛な鎧を纏った彼女は、彼女自身は相変わらず馬に乗っているが、今回は歩兵を率いている。騎兵はノエルの直轄部隊で十分だという判断だ。
「突入せよ! 制圧せよ!」
「「「おう!!」」」
ノエルの騎兵に無視されて混乱しているゲルマニア軍に、間髪入れず歩兵が突っ込む。
そもそもこの近距離になるまでロクな攻撃が出来ていないのもあって、塹壕線は簡単に崩壊した。ヴェステンラントの魔導兵が雪崩込み、ゲルマニア兵に対し圧倒的な白兵戦を繰り広げる。
ここまでは順調だが、スカーレット隊長には不安があった。
「退路を封じたとは言え……まさかここで撃ちはするまいな……」
前回の低地地方の戦いでは、ゲルマニアは残った味方ごとヴェステンラント兵を撃つという暴挙をやってのけた。それだけが気がかりである
「全軍、敵は出来るだけ生かして捕えよ! 出来るだけ殺すな!」
ノエルが騎兵を先行させたのは、退路を塞いでそれを封じる為、即ちゲルマニアが許容出来ない範囲の兵を塹壕の中に残す為でもある。
ここに残る数万の兵士を捨て駒にするとは流石に思えない。だが、ゲルマニアのザイス=インクヴァルトとかいう将軍ならばやりかねないという気もしていた。
「隊長、塹壕は大方制圧しました!」
「よし。まずは側面の守りを固めろ」
南北に暫く進めば、ゲルマニアの陣地は健在である。まずはそれらへの対策に部隊を置いておく。
「それと、クロエ様に捕虜を取ったと伝えて頂け」
「はっ」
休戦の時に用いた総司令官直通の魔導通信機。それはまだ生きている。なれば、使うしかあるまい。
○
「やらなくてはならないのでしょうか……」
まだ熱の冷めない戦場を見やりながら、クロエは溜息を吐いた。彼女は本当に、本当にザイス=インクヴァルト司令官が苦手なのである。しかも今は戦争中だ。
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