ジハードの作戦

 ACU2310 3/9 メフメト家の崇高なる国家 ガラティア君侯国 アイモス半島


 アイモス半島は、地球で言うところのバルカン半島に相当する大きな半島である。


 ガラティア君侯国として始まった帝国は、地球で言うところのトルコ辺りから勢力を拡大していき、君侯国として最後に併合したのがこのアイモス半島である。


 因みにその後の拡大は、既に存在した国家の王位をかっさらっていくという王位簒奪じみた方法で行われた。


 さて、そういう訳でこのアイモス半島は、ガラティア君侯国の中でも開発の最も遅れている地域――面積で言えば君侯国の半分くらいを占めているが――である。


 誤解なきように説明しておくが、地球の歴史においてヨーロッパが発展したのは植民地からの略奪で富を蓄えたからであって、その仕組みがとうに崩壊したこの世界では、エウロパが特別に発展しているということはない。寧ろ旧大陸は東に行くほど豊かになるとされている。


 さて、寂れた農村を金と青の瞳を持ったやつれた男と顔を白い布で覆い隠した少女が歩いている。


「まず最初に為すべきは、農業の振興か」

「はい。農こそ万物の根本。工業も商業も、全ては豊かな実りあってこそ始まるのです」


 白い布を被った白人の少女ジハードは、スレイマン将軍にならい、シャーハン・シャーたるアリスカンダルに内政の何たるかを教えることにしたのである。


「それで、どうしてここに連れてきたのだ? 確かにこの地域が貧しいことは知っているが……」


 アリスカンダルはこの頃、内政に関心を持ち始めている。これもその成果だ。


「その……あ、あれをご覧ください」


 ジハードは近くにあった畑を指した。それは酷く荒れ果てていて、人が手入れをしている様子はない。


「あれは、どういうことだ?」

「あれは捨てられた畑です。アイモス半島においては、未だにかつての戦乱の影響は残っていて、農民が捨ててしまった田畑が多いのです」

「それならば、もう一度手入れして使えばいいだけではないか。そうすれば金にもなるのだし」

「そう単純なことではありません。農民は、そのようなことをしている暇がないのです。毎日のように農作業に勤しんでやっと生活が成り立つ状態で、新たな土地の整備などをしている暇はないのです」

「なれば、どうすればいい?」

「最も素早く、かつ確実に成果を出したいのならば、税を減らすのがいいでしょう」


 帝国の税制は、農作物(主に麦と米)を現物で納める方式を中心としている。これを減らせば、農民の暮らしにも余裕が出来るだろう。


 因みに、この方式は先進国である大八洲の制度を模倣したものである。


「減税か。だが……」

「はい。急に税を減らせば、国の政に関わります」

「それに、一度減らした税を上げるのは面倒だからな」


 大衆というのは単純なもので、高い税率を続けていればそのうち慣れてくるが、一度下げたものを再び戻すと途端に反発し出す生き物である。


「ですので、ここは軍を動員して農作業を行わせることを提案します」

「軍に農作業?」


 聞きなれない単語の並びにアリスカンダルは思わず聞き返してしまった。


「はい。恒常的に人を送り続けるのは不可能ですが、田畑の開発などの一過的な仕事であれば、動員も容易でしょう」

「不死隊にでもやらせる気か?」


 不死隊はアリスカンダル直属の部隊で、それを率いるのはこのジハードであるが。


「それも、悪くはないでしょう。陛下が命じられれば、私は喜んで働きます」

「不死隊がやることか?」


 不死隊というのはその圧倒的な精強さから名付けられた精鋭部隊だ。そんな部隊に農作業などをやらせることについて、アリスカンダルは違和感を抱かざるを得なかった。


「それは……陛下の最も近くにある部隊が我ら不死隊です。我らは陛下のお考えを実行する為の部隊です」

「……分かった」

「ありがとうございます」


 ジハードは少しだけ嬉しそうに答えた。アリスカンダルはそれを見逃さない。


「……ジハードは、この仕事がやりたいのか?」

「え、そ、その、まあ……」

「そうか。ジハードは木の魔女だったな。道理で農業に明るい訳だ」

「陛下の前では何もかも筒抜けですね」


 彼女が農業を担当することになっているのは、彼女が生命を司る強力な魔女だからである。それを戦争で使うことも出来るが、同時に産業でも有用である。


「例えば……」


 ジハードは魔法の杖を取り出すと、先程あった田んぼに向けた。


 そして少し念じると、田を覆っていた雑草やごみが浮き上がって綺麗に取り払われ、荒れてはいるが畝が見えた。


「こういう風にすれば、魔法は農業に役立ちます」


 精密な作業をするのは凡庸な魔導士には無理だが、このくらい大雑把な作業であれば、低級の魔女でも簡単に出来る。精鋭たる不死隊ともなればなおさらだ。


「なるほど……これまで聞いたこともなかった」

「それは、陛下が戦場しか見てこられなかったからでしょう」

「そうだな。スレイマンのお陰で経済や都市部の事情については分かってきたが、農村のことは何も知らなかった」

「これから知っていけばよいのです」

「ああ。そうだな」


 アリスカンダルの目に光が灯った。かつては戦場でしか輝かなかったその目に。


「頼りにさせてもらうぞ、ジハード」

「はい。喜んで」


 ジハードは、戦場以外で自分の価値を発揮出来る場所を見つけつつあった。

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