次の戦略

「ところで――」


 クロエは切り出す。


「結局のところ、どこを突破してどこを攻めるつもりなのですか?」

「どこ、ですか……考えていませんでした……」

「そこが一番考えるべきところなのでは?」

「ですね……」


 手段と目的が入れ替わっている。本来ならば、ここを突破してここを攻めることでゲルマニアに打撃を与える、などの目的が先にあって、それを実行する手段として坑道戦術を論じるべきなのである。


「因みにですけど、ノエルは何か考えていますか?」


 どうせ考えていないだろうと思って尋ねた。が、応えはそうではない。


「それなら、考えてるよ」


 ノエルは自信満々に。


「ほ、本当ですか」

「ああ。ええと…………これだ!」


 ノエルはゲルマニアの地図を引っ張り出してきて、机の上に広げた。どうも地図がないと説明出来ないような高度なことを思いついているらしい。


「えっと……ここを攻めればいい!」


 ノエルは一点を杖で指した。そこはゲルマニアのちょうど中心にある、帝国でも最も栄えている都市であった。


「ブルグンテン、ですか?」

「ああ。クラウディアの奴とかも言ってただろう? ブルグンテンを落とせば戦争は終わるって」

「いや、まあ、それはそうなんですが……」


 確かにそれは正しい。戦争を終わらせる最も簡潔な手段は敵国の首都を落とすことである。連邦国家であるゲルマニアにはその効果はより大きいだろう。しかし――


「わざわざ地図を広げる必要ありましたか?」


 帝都ブルグンテンの名も位置も、知らない者はここにはいない。ただ一言ブルグンテンを落とすと言ってくれればそれで済んだ話である。


「必要? まあ、ないんじゃないか?」

「じゃあ何で地図を出したんですか?」

「何となく? 格好いいじゃん?」

「はあ……」


 まあ言っていることは分からなくもない。地図を指して『ここを落とす!』と高らかに宣言するというのは確かに格好いい。


 だからと言ってわざわざ地図を引っ張り出す気には、少なくともクロエはならないだろうが。


 さて、仕切りなおして。


「ゲルマニアを落とすという考えは理解出来ます。それ自体は非常に合理的な策でもありますが、どうやって落とす気ですか? ここからブルグンテンまでは450キロパッススはある訳ですが」

「そりゃあ、騎馬隊で突貫さ。騎馬隊を集めて、ブルグンテンまで一直線だ」

「補給が持つか心配ですが」


 騎馬隊と言っても、妨害がなかったとしても1週間はかかるだろう。実際はなおさらだ。それだけの食糧を手に持っていくというのは現実的ではない。


「それは、まあ、金を沢山持っていけばいいんじゃないか? 現地人から金で買うのは問題ないんだろ?」

「ゲルマニアとヴェステンラントでは違う貨幣を使っていますが」

「……ま、まあ、何とかなるよ、多分……」


 どうやら名目上だけ金を払って略奪を行うことになりそうだ。


「それは、何とかなるかもしれません」

「ゲルタ?」


 ノエルはてきとうに言い放っただけなのだが、予想外の人物が反応を返してきた。


「はい。我が国もゲルマニアも、貨幣の価値は同量のきんに紐づけられています。つまり、理論上は、違う名前の貨幣であっても取引は成立します」


 金本位制度はこの世界ではまだまだ現役である。このような社会においては、貨幣というのは根本的に、持ち運びを容易にした金塊に同じである。つまり、ヴェステンラントの貨幣がゲルマニアで価値を失うということはない。


「そこで、後から我が国が同量の地金と交換することを保証すれば、何の問題もなく支払いは行える筈です。理論上は、ですが……」

「ゲルタ、何を言ってるのかさっぱり分からん」

「なるほど……いい策ですね……」


 クロエは大公で、大公国の統治者だ。そのくらいの理屈は分かる。しかしノエルはというと、ゲルタが何を言っているのか全く分からなかった。


「これは、私が理解してなくていいのかい?」

「ノエル様は軍を進めて頂ければいいのです。他の面倒なことは全て私が片づけておきますから」

「そういうことなら、頼む。いつも悪いな」

「これも臣下の仕事です」


 これはいつものことだ。ノエルには軍才だけはあるから、彼女は軍勢を率いて前線で戦い、軍政についてはゲルタが調整するのである。


「それと、ノエル、結局どこを突破するつもりですか?」

「ブルークゼーレじゃないのか?」

「何故です?」

「何故って、そりゃあ、一番固い防衛線を潰すのにこの作戦を使った方がいいし、ブルークゼーレ基地はゲルマニアの西部方面軍の司令部なんだろ?」

「ええ。そうですね。それが一番です」


 坑道戦術はどんなに堅固な全豪戦でも突破出来る。だが、一度使われればゲルマニアも対策を考えてくるだろう。二度とは使えないと見ていい。


 であれば、最も堅固な場所――低地地方で使うべきだろう。簡単に落とせるところに使っても意味はない。ちょうど敵の頭脳というのも都合がいい。


「低地地方の防衛線を突破し、敵の頭を潰した後にブルグンテンまで直行する。そういうことでいいですか?」

「ああ。だけど、姉貴には低地地方の制圧を頼みたい。私はブルグンテンまで直行するからさ」

「了解しました。それでいきましょう」


 この作戦は速度が重要だ。敵が後方に新たな防衛線を築く前に帝都まで辿り着かねばならない。出来なければ大量の騎兵が敵地のど真ん中で包囲されるという最悪の結果になる。


「作戦は決まりましたね。準備を始めましょうか」

「ああ。だな」


 因みに、ヒスパニア戦線は諦めている。

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