第二世代の新兵器Ⅱ
「だったら、魔法を使って燃料を作るのはどう?」
「魔法……ですか……」
シグルズはその時、自分でも驚くくらい露骨に嫌そうな顔をしてしまった。
魔法を用いて燃料を合成する。確かに不可能なことではない。いや、魔法というものの特性をよく理解した合理的な案とすら言える。
魔法でものを作れば、それはおおよそ1日で崩壊し、消滅する。それ故、魔法で直接にものを作ることは出来ない。ヴェステンラントなどが魔法で即座に工業化を行えない理由はこれだ。
しかし、抜け道もなくはない。その一つは魔法で生成したものを使い切ってしまうことである。例えば弾薬、例えば燃料。
一度使い切ってしまえば、空薬莢や二酸化炭素や水に興味はない。それらが消滅したところで誰も困らない。それどころか惑星に優しくもある。
確かに、ライラ所長の提案は非常に理に適っている。だが、文明の伝道者であるシグルズには、それは認容出来なかった。
「だめかな?」
「提案は素晴らしいものと思いますが、工業国であるゲルマニアが魔法に頼っていては本末転倒です」
「そうかなー? 私はそうは思わないけど。大体、誰もそんなこと言ってないよ?」
「それは……」
第一に、魔法と文明の共存を是としているこの魔女様にこの提案をするのは無駄だ。彼女の考え方とは真っ向から反する。
第二に、確かにゲルマニアの政府や官僚が、魔法を駆逐するなどと言ったことはない。ゲルマニアの工業化は、魔法がないが故の緊急避難という意味が大きい。ここにエスペラニウムが豊富にあれば、こんなことは起こらなっただろう。
つまりは、シグルズが勝手にそう思っているだけで、誰もそんなことは気にしていないのである。
少々冷静さを欠いていた、感情的になっていたと反省する。
「そうですね。すみません。まずはゲルマニアの勝利を最優先にしなければなりません」
「そういうことだよ、多分」
まず必要なのはゲルマニアの勝利だ。それが叶わなければ、シグルズは何もすることが出来ない。ゲルマニアが勝った時、魔法が無用の長物となるほどに技術が進んでいれば、魔法は自然と駆逐されていくだろう。
大事なのは結果だ。手段は何でもいい。それでいい。
「しかし、ゲルマニアにそんなことの出来る魔導士がいるでしょうか?」
「まあ、君とジークリンデと…………」
「と……?」
数十秒、ライラ所長は考え込んだ。だが結果は残念なものであった。
「他は知らない」
「ですよねー」
ゲルマニアの魔導士教育と発掘は極めて疎らだ。良い原石はきっとあるのだろうが、それらが発掘されることはない。
実質、頼れる魔導士と言えばこの2人くらいしか思いつかない。
「うちのオーレンドルフ幕僚長は――確か土の魔法が専門か……」
「そうだねー」
「知ってるんですか?」
「そりゃ、そうだよ。だってつい最近まで師団長やってたんだから」
「ああ、確かに」
何とも気まずい空気になってしまった。仕切りなおそう。
「こうなると、極めて小規模な運用しか出来ないようですね……」
「それか、ガラティアからでも魔女を雇う?」
「傭兵、的なやつですか」
「そう。それ」
確かに今のガラティアは魔導士を持て余しているだろうが、一方的にゲルマニアの利になるようなことをするとも思えない。こちらは望み薄だろう。
「うーん、じゃあ、ゲルマニアで魔導士を発掘するしかないなあ」
「エスペレニウムの輸出くらいならしてくれるかもしれないと?」
「そうだね。これは向こうの利益にも繋がる」
そう言えば、アリスカンダル陛下はそういう取引がしたいと言っていた。これは案外いけるのかもしれない。
「まあとにかく、まずは戦車を作る技術を身に着けること。それと、魔導士を増やすことだね」
「はい。前者は頑張ってもらうとして、後者はヒンケル総統にかけあってみます」
「うん。ああ、そうそう、それと、ここまで大きなものになると、第二造兵廠も大変そうだよね」
「そう、ですね」
自動車も作ったことのない工場で、戦車の量産なんて出来るのだろうか。答えは否だ。
「だったらまずは、第二造兵廠に自動車の量産を提案しましょう。それで車の量産の何たるかを学んでもらいます」
「そんなことも知ってるの?」
――ん? 『知ってる』? ……まあいいか。
「はい。まあ、僕にお任せ下さい」
「じゃあ、それは任せる」
具体的に何をするかといえば、流れ作業である。完成途中の自動車をベルトコンベアで流し。担当の作業員が各々の部品を取り付けていく、といった感じだ。
最初期の自動車の生産を効率化し廉価にして大衆に広めたのはこの方法だと、シグルズは記憶している。価格は問題ではないが、生産の効率化はした方がいいだろう。
「ああ、それと、自動車とは別に、装甲を貼り付けた列車も提案します」
「随分、唐突だね」
「思いついたもので」
装甲列車。
こちらはそう難しいものではない。既存の列車に装甲を貼り付けて、機関砲やら機関銃やらの銃座を付ければいいだけだ。製造費は高いだろうが。
「それも、どちらかと言えばクリスティーナの担当だよね」
「そうですね。僕から頼んでおきます」
「そう。まあそこら辺は適当に」
ライラ所長に設計は頼んで、第二造兵廠に持ち込めばそれでいいだろう。比較的簡単に、線路の上限定だが、魔導士と野戦でも戦える兵器が造れる。
「ところで、第一造兵廠の移設の進捗状況はどうです?」
「大体終わったよ」
「――早いですね」
そんなすぐに出来るものだろうか。工場の移設とは。
「まあ、正直言って、私と工具があれば他はどうでもいいからね」
「それでいいんですかね……」
「うん」
ライラ所長の才能によって第一造兵廠が支えられているというのは確かなようだが、いくらなんでも他の職員を軽視し過ぎではあるまいか。
「じゃあ、もう戦車の研究もここで進める予定ですか?」
「うん。困ったら呼ぶから、よろしく」
「了解です」
すぐそこにシグルズの頭の中の兵器を具現化してくれる人がいる。その便利さをシグルズは改めて認識した。
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