御恩と奉公
ACU2309 11/18 マジャパイト王国 ヌガラ島 サンコワン
ヌガラ島南部最大の都市サンコワン。マジャパイトに出征している大八洲の諸大名はここで軍議を開いていた。
「晴虎様、これではとても家臣に食わせていくことは出来ませぬ。どうか、恩賞をお与えください」
最初に切り出したのは長曾我部土佐守元信。もっとも、彼が言い出さずとも誰かが言い出していたであろう。今回は最初からそういう集まりだ。
さて、現下の大問題は大和國に近い大きさを誇るヌガラ島をいかに分配するかということである。軍神たる晴虎とて、この問題については、正直なところ、有効な解決策を見いだせないでいた。
「貴殿らの思い、我はよく知っている。どうか今暫く、我慢をしてはくれぬか」
「が、我慢などと……」
「なれば、切り取り次第ということではいかがか?」
と、言ったのは津輕蝦夷守爲愛。つまりは各々の大名が占領した地域をそのまま領有させようということである。だが、すぐに非難が殺到した。
「儂らの手柄を横取りする気か?」
「気に入らぬな、その性根」
「せこい奴だぜ」
「そ、そこまで言わなくても……」
すっかり意気消沈して黙り込んでしまう。
「まあまあ、皆の者、落ち着くのだ」
晴虎がそう言って、やっと騒ぎは収まった。
「それでは最も手柄を上げたる大名が何も得られぬ。我はそのような愚かな道は選ばぬ」
最も手柄を上げた大名、それは晴虎に付き従って数々の戦いを勝ち抜いてきた大名だ。だが、彼らは土地を殆ど占領していない。ひたすらにヌガラ島を南進することを優先したからだ。
そこで後方の占領を担当していたのが津輕蝦夷守が総大将の二番隊である。つまりは、切り取り次第を適用した場合、後ろでこそこそとやっていた者が手柄を独占することとなるのだ。これは非難を受けても仕方あるまい。
「無礼を致しました、晴虎様」
「何、詫びるほどのことでもなし」
「ははっ」
爲愛は静かに下がった。
「晴虎様。ここは堅実に、鬼石の貢納を民に課すというのはいかがかな?」
「で、あるな。我も、それが最良の手であると考える」
かつての唐土出兵。その時、大八洲側は上杉家の蔵入地を除いて土地を得なかった。では代わりに何を得たか。それは鬼石――エスペラニウムである。これを内地の大名に分配することを以て、將軍家は恩賞に代えたのだ。
「されど、この島の鬼石は精々二万石。とても御恩とするには足りますまい」
と、伊達陸奧守晴政。鬼石を語る際の「石」という単位は、一般的な武士に年中供給できる鬼石の量を指す。二万石とあらば、二万人の武士を訓練し運用出来るということになる。
だが、総兵力三十万を数える大八洲から見ると、それは微々たる量に過ぎない。恩賞としては不十分過ぎる。
「それもまた正しい」
「でしたら、どうされるおつもりで?」
「うむ……我が、上杉家から、鬼石を出そう。ヌガラ島からのものに加えて、三万石といったところだ」
「それならば、そう文句はありますまい」
晴政はそれで十分だと感じた。総じて五万石の鬼石を分配するとなれば、伊達への恩賞もそれなりの量になるだろう。
本来は圧倒的な武力を以てしかるべき上杉家の力を削るというのは、あまり賢い選択肢だとは言えないが。
しかし、これでもまだ不満がある大名がいるようで。
「やはり、土地を頂かねば恩賞とは言えますまい。晴虎様、ご再考を」
言い出したのは大友呂宋太守虎義。大友家は唐土出兵の際に領土を獲得した数少ない大名の一つだ。
「それほどまでに、土地が欲しいか?」
「はい。それが武士というものにございます」
「で、あるか……なれば、我が金陵城をくれてやろう」
「は、晴虎様!?」
傍で黙っているだけが仕事の筈だった朔は、思わず声を上げてしまった。金陵城とは大八洲の都の核。それを征夷大将軍以外が持つなど考えられない。
「も、申し訳ございません……」
「うむ。それで、どうなのだ、大友殿。我は土地など欲さぬ。我は義があればそれでよい」
「そ、それは……」
虎義は口ごもる。当然だ。肯定出来る筈もない。
結局、虎義の訴えは半ば無理やりに撤回させられた。
「それでは皆、このようで、よいな?」
皆、首肯する。今回の恩賞は鬼石の配分を以て代えられることとなった。ヌガラ島そのものについては、暫定的に上杉家の蔵入地とすることとなった。いずれは大名に任せるものである。
○
「朔、遅くなってしまったが、此度の戦、よく働いてくれたな」
「そ、そんな、もったいないお言葉です……」
朔は頬を紅潮させた。
「もったいなくなどない。先のセリアンにおける働き、見事であったぞ」
「あ、あれは、伊達殿や北條殿が奮戦し、晴虎様の手助けを得たからにございます」
「謙遜するものではない」
「謙遜など、わたくしは……」
○
「朔の奴、楽しそうに……」
その様子を陰から覗く者があった。白い装束に身を包んだその少女は、長尾右大將曉である。
――どうして私を見て下さらないの?
曉だって十分に働いた。実際何もしていない朔と違って、包囲網の一角を担っていた。なのに、晴虎は感状をよこしてきただけ。
心に黒い靄を抱えながら、曉はその場を立ち去った。
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