鉄道敷設

「まあ、この話はこの辺にしましょうか」

「う、うん……」


 行動がすっかり退行するくらいには、クリスティーナ所長は恐れをなしていた。


「私が今日来たのは、お金が欲しいからよ」

「お、お金?」

「ええ。帝国最大の造兵廠だったら、お金くらい一杯持ってるでしょう?」

「そ、それはそうだけど……何で?」

「鉄道を建設しようと思うの」

「鉄道……」


 なかなか大規模な話である。クリスティーナ所長にも興味がある分野であった。そして、彼女は興味があるところには熱くなる性格である。


「それは、どこからどこに?」

「帝都からハーケンブルク城までよ」

「……そんなに距離は長くないわね」

「ええ。実際、経費はそこまでではないわ。とは言え、個人が用意出来る額ではないけれど」


 造ろうとしている路線は、帝国全土に張り巡らされた鉄道網と比べればほんの短いものだ。距離にしておおよそ40キロパッススといったところ。


「でも、うちの予算だって政府からもらっている金よ。それを好き勝手に使うなんて、いくらあなたから頼まれても、無理なものは無理よ」

「そう?」

「え、ええ……」


 どんなにクリスティーナ所長が頑張ったところで無理なものは無理だ。そんなことをしでかせば、間違いなく公費の横領で逮捕される。


「じゃあ、理由を作ればいいんじゃない?」

「理由を作る?」

「ええ。例えば、ハーケンブルク城に新しい造兵廠を作るとか」

「それは……」


 クリスティーナ所長にとっては結構現実的な話である。と言うのも、昨今の戦況を鑑み、兵器生産量を上げることが急務であるからだ。造兵廠を増やすというのは最も簡単でかつ確実な方法である。


「ていうか、王女様はどうやって予算をもぎ取ったんです?」

「私?」


 そう言えば、ライラ所長は特に何の理由も付けずに第一造兵廠を移設しようとしている。その技を伝授してもらえばいいのではないかと、クリスティーナ所長は思った。


「私は、あれだよ。私費」

「私費……?」

「うん。私、これでも一応王女様だからね。お金はいっぱい持ってるんだよねー」

「だ、だったらそのお金を使えばいいじゃないですか。私にかけあわずとも」

「えー、面倒くさい」

「な……」


 話によると、本当に自由に使えるお金ということでもなく、ヴィークラント国王にちゃんとかけあわないと使えない金のようだ。ライラ所長は二度も国王に会いに行きたくはないらしい。


「という訳だけど、やってくれるわよね、クリスティーナ?」

「え、ええ……分かったわ……何とか口実を作っておく」

「ありがとう」

「そう……」


 という訳で、クリスティーナ所長は喜んで協力してくれることとなった。


 ○


 ACU2309 11/15 グンテルブルク王国 ハーケンブルク城


「シグルズ、鉄道についての件だけど、クリスティーナ所長が予算を取り付けたそうよ」

「ほ、本当?」


 いくら何でもたったの1日で予算を持ってくるなんて無理がある訳だが。


「ええ。本当よ。すごく頑張ってくれたわ」

「あっ、うん」


 ――何をしたんだこの人は……


 またエリーゼがろくでもないことをしでかしたことを察しつつ、それは言い出せないシグルズであった。


「でも、お金だけなんですよね? もらったのは」


 ヴェロニカは不思議そうに。


「ええ。そうよ」

「それって、誰が造るんですか?」

「基本的には国鉄に依頼って感じになると思うけど……」

「ああ、そうなんですか」


 ヴェロニカの疑問は氷解した。しかし、その言葉で何かに気付いた者があった。


「師団長殿、私は第88師団を動員しての工事を提案する」


 オーレンドルフ幕僚長である。


「師団を動員、か」

「ああ。師団司令部を動かす訓練にも、兵員にとって連携を取る訓練にもなるだろう。ちょうどいいのではないか?」

「確かに。悪くない」


 現状、ハーケンブルク師団の仕事はハーケンブルク城の片づけくらいなものである。暇だし、師団を大々的に動かすいい機会だ。


「だけど、鉄道を造ったことがある者なんているのか?」

「それは……いないかも、しれないな」


 ただでさえ新兵しかいないこの師団で、そんな珍しい経歴を持っている人間がいるとも思えない。まあ最悪の場合は国鉄から技術者を雇ってくればいい訳だが。


「それならば、私にお任せ下さい」


 野太い声で名乗り上げたのはナウマン医長。


「いや、でも、君は医者じゃ――」

「鉄道くらいなら、造ったことはあります」

「いや、くらいならって……」

「医者ではありますが、かつては工兵隊に所属していたこともありますので。昔は軍人も普通に国鉄の工事に使われたものです」

「そう、なのか」


 その話は意外だった。しかし、殆ど無料で壮健な男子を大量に使えるとなれば、これ以上に鉄道敷設に適した組織はない。当時としては当然の帰結だろう。


「とは言え、この人数で全ての路線を敷くとなると、それなりの時間がかかってしまいますでしょうが」

「別に自分たちで鉄道を敷くことが目的じゃない。目的は師団の訓練だ。だから、国鉄と共同作業という感じでいいだろう」


 半分は師団が、半分は国鉄がという感じで工事を進めればいいだろう。どの道、この休戦期間が過ぎたら工事などしていられなくなる訳だし。


「だったら、浮いたお金を好きに使っていいわね」

「い、いいのかな……」

「適当に誤魔化せばいいのよ」

「はあ……」


 エリーゼはそれで浮く経費を着服しようとしていた。



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