国家総動員法

 ACU2309 11/28 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸


「全権委任法の成立、おめでとうございます」

「君の案のお陰だ、シグルズ」


 この日、全権委任法は圧倒的な賛成多数を以て可決。立法権はヒンケル総統個人に委ねられ、帝国議会は自らその役割に幕を下ろした。


 帝国参議院の方はかねてより形骸化して久しいことから、公的に政府に邪魔立てする者は、裁判所を残してなくなった。これぞまさに意志の勝利である。


「カルテンブルンナー君、反体制派の動向はどうだ?」

「はい、総統閣下。予想通り、帝国内のいくらかの大都市では全権委任法に反対を唱える反社会的な集団が闊歩しているようです」

「対策は?」

「親衛隊は総力を挙げてゲルマニアを裏切る者共を検挙しております。現時刻までにおおよそ3,000人を逮捕拘禁、263――」


 その時、カルテンブルンナーの耳元で、親衛隊の士官が何かを耳打ちした。


「これは失礼。284人を、即刻処刑致しました」


 どんなに優れた共同体の中にも、集団の総意に逆らう者は必ず存在する。それを的確に排除出来る仕組みがあってこそ、組織は健全に機能するのだ。


 それ故に、カルテンブルンナー全国指導者の活躍は称賛されるべきものである。


「よいな。その調子で頼むぞ」

「僕からも、お願いしますよ」

「ええ、仕事ですから。私は常に全身全霊をかけて帝国臣民の平和と安全を守って参ります。では、仕事が立て込んでおりますので、私は失礼させて頂きます」


 カルテンブルンナーはうやうやしく礼をして、ウキウキした足取りで大会議室を後にした。仕事というのはきっと、処刑命令書に署名する仕事のことだろう。


「さて、これでいつでも自由に法を制定し改廃出来るようになった訳だが、次はどうすればいいのだったかな?」

「これよりは、国家の全て――人、もの、金――その全てを政府の管理下に置く法律が必要です」

「ほう」

「名付けて、国家総動員法です」


 国家総動員法。地球では一般的な法律である。


 政府の命令に全ての臣民は従い、政府の望むものを供出しなければならないという法律だ。また出版物にも大幅な制限がかけられる。所謂検閲のことだ。


 いずれにせよ、戦争経済と国家の健やかなる発展の為には必要不可欠な法律である。そうして構築された戦時体制を、総動員体制と一般に呼称する。


「それは、全ての臣民を政府の管理下に置く、というものか?」

「それは流石に現実的ではありません。ですが、全ての企業を政府の傘下に置くことは必須でしょう」

「なるほど。会社という枠を通じて臣民を支配するか」


 国家総動員法の下では会社の自由な設立や改組は制限される。国家の傘下にある大企業や財閥に臣民は強制的に加入させられることになる。


 強制的、と言うとあまり聞こえはよくないが、それは悪いことではない。寧ろ臣民にとっても国家にとっても理想的な形だ。


「はい。無論、公営工場の増設にも励むべきではありますが」

「なるほど。そうして、国家の持てる生産力を全て戦争につぎ込むという訳だな」

「はい。生活必需品と軍需品以外を作る必要はありません」

「その理想は理解出来る。しかし、その管理は困難を極めると言わざるを得ないな」


 生活必需品だけは生産するとしても、誰がどのくらい生産するべきかを割り振らなければならない。その流通も政府が管理せねばならないだろう。


 つまるところ、生産過多か品不足のどちらかになる未来しか見えない。


「……で、あれば、生活必需品については配給制を採用すればいいでしょう」

「全臣民を相手にか?」

「はい。全ての物資を国家が一度集約した後に配給すれば、国民は適正な価格で十分な量を確保することが出来ます」

「それも、どれほどの労力がかかることやら……」


 未だかつて、ゲルマニアに限らずこの世界のどの国家も、これほどまでに大規模な事業を起こしたことはない。ヒンケル総統にはそれが到底不可能なことに思えた。


「そうですね……それは、要は公務員が足りないということですよね?」

「そうなるな」

「では増やせばいいではありませんか」

「そんなことをしたら、逆にそれ以外の労働者が減って、本末転倒だ」

「そうですか……」


 こんな大事業を成すにはどうしても人海戦術が必要になるが、そうなると労働者が減ってしまう。どうしたものか。


「では、こういうのはどうでしょう。女子労働挺身隊です」

「何だ、それは?」

「現在のゲルマニアでは、女子の労働者は極めて少ない。殆どが専業主婦です。それを大々的に労働力として使えばいいのです」

「ふむ……それならば、女子を書類仕事に回した方がよさそうだがな」

「あ、確かに。その通りですね」


 老若男女を問わず国策に協力させる。それこそがあるべき総動員体制であろう。


「――なるほど、分かった。貴重な意見をありがとう、シグルズ」

「それほどでも」


 ――まあ、元の世界の法律をパクってきただけなんだけど。


 しかしヒンケル総統は理解が速い。先進的な考えをこうも簡単に受け入れるのは当世の織田信長のようだと、シグルズは一人おかしく思っていた。

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