師団司令部
ACU2309 11/10 アルル王国 ブルークゼーレ基地
「――それで、私たちに師団の編制を聞きに来たのか」
「はい。オステルマン師団長閣下」
シグルズはオステルマン師団長に師団というものについて聞くことにした。時間が惜しいのでここまでは物理的に飛んできた。
「具体的に何を教えればいいんだ?」
「取り敢えずは、師団司令部の構成です。第18師団ではどのようにしていますか?」
「ええと……幕僚が10人くらいいて……副官が5人くらいいて…………」
そこで詰まった。
――自分の師団を把握していない、のか?
オステルマン師団長は考え込んでいるようだったが、一向に進展はなかった。シグルズは何とも言い出せず、立ち尽くすしかない。
と、そこで救世主が現れた。
「師団長閣下、どうされましたか?」
「は、ハインリヒ! よく来た!」
「はい?」
第18師団が有能幕僚長、ハインリヒ・ヴェッセルである。
ここまでの話を説明すると、彼は師団長を残念そうに一瞥してから、シグルズに師団司令部の説明をしてくれた。
「司令部は、参謀が12名、副官が4名、計官が3名――」
大体おおよそ30人くらい集めればいいということが分かった。
「――という感じです」
「ありがとうございます。助かりました」
「よしてくださいよ、シグルズ。あなたはもう私よりも遥かに格上の存在なのですから」
「ああ、確かに」
シグルズはもう城伯という立派な貴族である。言ってしまえば平民であるヴェッセル幕僚長と比べれば、確かに上位の存在である。
とは言え、これまでずっと目上の人として接してきたヴェッセル幕僚長に向かっていきなり態度を変えろと言われても、それはそれで難しい話だ。正直言ってピンとこない。
「それは一先ず保留でいいですか? 何というか、慣れないもので」
「でしたら慣れればいいのです。城伯殿が平民にそんなへりくだった態度をしていては、周囲になめられてしまいますよ」
「た、確かに……」
それはよくない。せっかくもらったのだから、この権威は有効活用すべきだ。
「じゃ、じゃあ、ありがとう、ハインリヒ。……こんな感じ?」
「ええ。そういう感じです。もっとも、うちの師団長閣下の方は、あなたと比べても相変わらず格上ですが」
「それは分かっている……」
同じ師団長だというのに、特例的な存在であるシグルズよりオステルマン師団長の方が地位が高い。まあ、それについてはこれまで通り接すればいいだけだから、楽ではあるが。
「では、師団長閣下、ありがとうございました」
「あ、ああ、そうだな。共に戦うことを楽しみにしているよ」
「僕もです。ではまた」
という訳で、シグルズはハーケンブルク城に戻り、師団の編制を整えていくことになった。
○
ACU2309 11/12 グンテルブルク王国 ハーケンブルク城
ヴェッセル幕僚長から聞いた編制を元に、シグルズは募集をかけた。
結果、意外に簡単に頭数を揃えることが出来た。大半は素人であったが、中には特筆すべき人材が紛れていた。
特筆すべき人材その一。
「私はグレーテル・ヨスト・フォン・オーレンドルフ――男爵だ。以後、よろしく頼む」
その女性、新兵ばかりの第88師団の中では目立って使い古された軍服を纏い、更には歴戦の勇士然とした風格があった。またその栗毛の髪はやけに伸びている。
「ええと、来歴を聞かせてもらえるかな?」
「ああ。自分はかつて、第34師団の師団長だった」
「え、マジ?」
「ああ。本当だ」
どうしてそんなとんでもない人材が紛れているのか。
しかし、男爵というのが気になる。師団長は普通、伯爵となっている筈なのだが。というかこんな辺鄙な場所に飛ばされているのもおかしい。
いずれにせよ、今は男爵であるのだから、シグルズの方が格は上だ。
「どういう経緯でここに?」
「第34師団は、ダキア戦役におけるメレン包囲戦で壊滅した。師団長殿も知っているだろう」
「ああ……もしかして、魔導士だけの突貫部隊に襲われた師団、か?」
「その通りだ。我が師団はそれに襲われ、兵の半分を失った。自分はその責を取り、師団長を辞任した。貴族の位も返上したかったのだが、帝国の法ではそれは能わず、こうして男爵としてのうのうと生きている」
「そうだったのか……」
それについてはシグルズにも責任の一端がある。罪悪感に責められざるを得なかった。
しかし、彼女のそれが失態でも何でもないのは、シグルズはよく知っている。あの状況で応戦するのは誰にだって不可能だ。即ち、師団長の経験者という稀有な人材を何の苦労もなく得られたということになる。
「それで、師団長殿、自分は参謀に向いていると思うか?」
「え?」
「自分は大勢の兵を死なせてしまった無能だ。経験はある訳で、一応は志願してみたが、閣下が自分を無能だと思えば、いつでも解任してくれても構わない」
彼女こそ、重い罪悪感に苛まれていた。シグルズは、勝手に自分を貶めている彼女を見ていられなかった。
「断言する。そんなことは断じてない。君には何の落ち度もない」
突き放すような強い口調で。
「しかし……」
「君には幕僚長を任せる。君の経験を存分に生かして欲しい」
「幕僚長? そんな大任、自分には……」
「任せると言っているんだ。師団長の命令には従いたまえ」
「――わ、分かった。その任、拝領する」
「よろしい」
すごくいい上司を演じられた気がして、シグルズは上機嫌であった。ただの俗物である。
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