経理担当者
ACU2309 11/6 グンテルブルク王国 リンツェ村
ハーケンブルク師団、或いは第88師団に経理担当者がいないという問題。シグルズには一人だけ、信用出来て頼れる人材の当てがあった。
「――で、お姉ちゃんに経理を任せるってこと?」
「うん。頼める、かな?」
その相手こそ、シグルズの義姉エリーゼである。
「いいわよ。私もちょっと暇だったの」
「そ、そんな即決でいいの?」
「ええ。そのくらい朝飯前よ?」
「ありがとう。ああ、でも、多分ハーケンブルク城に住み込みって感じになると思うんだけど、大丈夫?」
「ええ。別にここにそんな思い入れもないわ」
「それと、姉さんも一応軍人ということになるんだけど、それも大丈夫?」
エリーゼはどうも軍人というものを嫌っているところがある。だが、軍事施設であるハーケンブルク城に来てもらうとなると、名前だけでも軍人となってもらわないといけない。
それだけがシグルズにとっての心配事であった。
「そうね……まあ、そのくらいならいいわよ」
「ありがとう。あくまで名前だけだか、安心して」
という訳で、エリーゼはハーケンブルク城の経理を担当することとなった。
○
ACU2309 11/9 グンテルブルク王国 ハーケンブルク城
「姉さん、ここがハーケンブルク城だよ」
「へー。結構立派な城なのねえ」
「見た目だけはね。中はボロボロだよ」
「一度、見てみたいわ」
「じゃあ、案内するよ」
シグルズは早速、ようやく構造を把握してきた城内を案内することにした。
ここ暫くの清掃や修繕で、かつてと比べれば城はマシな状態になってきている。だが、初めてここを見る者には、これでも綺麗になったといってもまず信じてはくれないだろう。
「あ、お姉さん」
「あら、ヴェロニカ」
ヴェロニカとすれ違った。彼女は平時だとあまり仕事がないのである。この時も暇そうにしていた。
「元気にしてた?」
「はい。元気です!」
「それはいいことよ。ヴェロニカが活躍しているのは、シグルズから聞いてるわ」
「ちょ、姉さん」
「え、えへへ……」
ヴェロニカは分かりやすく頬を赤くした。
「今は何をしていたの?」
「特に何かをしていた訳ではないです」
「そう……」
エリーゼは深刻そうな顔をしてうつむいた。その様子に、弟と妹は不安を覚えた。
「ど、どうしたの、姉さん?」
「そうね――シグルズが不在の間、ここを仕切っていたのは誰?」
「仕切っていたとかいうのは、特にないけど……」
各々の部隊に担当する場所を設け、適当に整備をしていくように命じていた。特に指揮をしていた人間はいない。
「そう。それは、よくないわね」
「そ、そう?」
「ええ。よくないわ。仮にも師団なんだから、きちんとした指揮系統を整えないと」
「まあ、確かに」
オステルマン師団長の第18師団には、きちんとした師団司令部があった。だがこの第88師団は、シグルズの真下に全員がいるような、そんな雑な構造しか持っていない。
師団という名をもらったからには師団としての体裁を整えるべきである。その主張は何らおかしいものではない。
難しい話になりそうなのを察して、ヴェロニカは去った。
「指揮系統っていっても、どうすればいいのかな?」
「そうねえ、まあ、まずは司令部を作るところからかしら。有能そうな人材を集めるところからね」
「有能そうな人材……」
しかしシグルズには問題があった。シグルズは師団の構成員の能力などまるで把握していないのだ。今の階級で決めようにも、この師団にはそもそも新兵しか配属されていない。
「――有能な人材なんて分からない、と」
「はいすみません」
「そうねえ、だったら志願制にすればいいんじゃないかしら」
「志願制? それでいいの?」
それでは有能な人材は集まらないのでは。やる気があって無能な人間というのはどんな優秀な敵よりも最悪の敵なのだが。
「ええ。大抵、人っていうのは与えられた役割に馴染んでいくものよ」
「そう、なのかな……」
姉を疑いたくもないが、シグルズは懐疑的にならざるを得なかった。
「まあ、お姉ちゃんの経験則だから、絶対に正しいとは言えないんだけど」
「経験があるの?」
「ええ。あるわよ」
「そう……」
最低限の裏付けはあるようだ。その経験が具体的に何なのかは教えてくれなかったが。
「どうするの? これから全員の能力を調べるっていう手もなくはないけど」
「それはちょっと……」
1個師団とは言え15,000人だ。その全員を把握しろというのは無理がある。ブリタンニアにはそれをやっている提督がいるそうだが、シグルズにはどうやっても無理だ。
「じゃあ、やっぱり志願制しかないんじゃない?」
「うん。そんな気がしてきた。じゃあ志願制にするとして、どういう役職ばがあればいいと思う?」
「それは、お姉ちゃんも分からないわ。シグルズの方が詳しいと思うわよ」
「それもそうか」
一般人が師団の構成を事細かに把握している筈もない。シグルズは自分で考えることにした。
「いや、違うか。他の師団を真似すればいいだけか」
「そうねえ。それが一番だと思うわよ」
「うん。そうする」
ゲルマニアには既に60個の師団があるのだ。そのいずれかを複製すればいい。簡単なことではないか。
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