ヌガラ島陥落

 ACU2309 10/27 ヌガラ島


 ヴェステンラント合州国始まって以来の大合戦、セリアンの戦い。結果は大敗北に終わった。


 ヴェステンラント側の損害は甚だ大きく、男爵以上の貴族ではおよそ500人が討ち死。魔導兵に至っては討ち死にする者数知れず言われる程の大損害を出した。


「結局、無事に撤退したのは何人?」

「我が軍はおよそ4万です。マジャパイト軍は、未だ情報が入りません」

「そう。まあ、いいわ……」


 ドロシアは深い溜息を吐いた。ヴェステンラントはたったの1日で3万人もの兵士を失ったことになる。無論その全てが死んだわけではないが、死者の数も相当なものに上るだろう。


 未だに数の上では大八洲の先遣隊を上回っているが、再度の決戦を主張する者はどこにもいなかった。


 ○


 一方その頃、晴虎の本陣では、抱え込んだ捕虜について討議されていた。


「我は、この者共をヴェステンラントに返そうと思う」


 晴虎は諸大名に告げた。


「は、晴虎様、これほどの兵を敵に返しては、我が方が輪をかけて不利になりますぞ」


 と、南部出羽守。やっとの思いで削った敵の兵力を回復させてやるなど、考えられなかった。


「では、この二万の者共を、一体誰が養うというのか?」

「そ、それは……」


 それこそが問題であった。強行軍で遠征を続けている大八洲軍に、何の役にも立たない人間に分け与えられるだけの兵糧はないのである。二万人分ともなればなおさらだ。


「でしたら、ヴェステンラントの兵など飢えるに任せれ――」

「ならぬ!」

「ひっ――」


 晴虎は龍をも震え上がらせる気迫をもって叫んだ。一瞬にして諸大名は黙り込む。一切の反論は許されなかった。


「よいか、我らは義の為に戦をしておる。義を捨つるならば、我らに戦を続ける資格はない。武器も持たぬ者を殺すなど、我が断じて赦さぬ」

「ははあ……」


 実際のところ、晴虎の志に心から共感している者など殆どいなかった。だが、総大将の意に逆らおうとする者もまたいなかった。


「して、ただ返すだけではありますまいな、晴虎殿」


 信晴は静かに、しかし厳かに問うた。


「無論。返すことと引き換えに、ヴェステンラントにはマジャパイトより兵を退かせる」

「叩けるものから確実に叩こうという策か……」

「いかにも。乾坤一擲の大戦など、我には似合わぬのでな」

「それこそが、君子の道でありましょう」


 君子危うきに近寄らず。最も優れた武将は確実に勝てる状況を作り出せる者だ。晴虎はそのことをよく心得ていた。セリアンの戦いは、やむを得ずに挑んだに過ぎない。


 もっとも、比類なき軍才を持つ彼がそのようなことを言うと、武将の大半はそれを皮肉と受け止めてしまうのだが。


「かたじけない、武田殿」

「儂はただ、己の信ずるところに従ったまでに過ぎぬ」

「――で、あるか」


 ○


 敗走の途上にあるヴェステンラントの隊列に、大八洲からの軍使が訪れた。


「殿下、晴虎殿より書状が届いております」

「何よ、今更」


 敗北を嘲りでもしたいのだろうか。


 ――まあ、何でもいいけど。


 ドロシアは書状を開いた。


 曰く、晴虎はおよそ2万の兵を捕えたが、その身に危害を加えるつもりは一切ない。捕虜を返還して欲しくば、マジャパイトより兵を退くべし、と。大胆な交換条件である。


「ど、ドロシアさん、どうします……?」


 オリヴィアは泣きそうな声で尋ねた。


「そうね……まあ、別にマジャパイトなんてどうでもいいし、交渉に応じていいんじゃない?」

「そ、そうでしょうか……?」

「ええ、2万の兵士の方がマジャパイトより大事よ」


 マジャパイトがあろうがなかろうが戦局に大して影響はない。だが、1つの大公国の兵力の4分の1に相当するその兵は、戦略的に必要不可欠である。


「そ、そうですか……」

「そうよ。――決まったわ。晴虎に伝えなさい」

「はっ」


 ○


 ACU2309 11/20 マジャパイト王国 アチェ島 王都マジャパイト


「陛下、ウィジャヤ将軍より、通信が入りました」

「何だ?」

「我、最後の突撃を敢行す、とだけ……」

「そう、か」


 ジャヤナガラ国王は伝令に去るよう命じた。


「ヴェステンラントは我らを見捨て、ヌガラ島も大八洲の手に落ちた。最早、どうにもならないか……」


 ヴェステンラント軍は謝りもせず、たった2万人の兵士の為にマジャパイトを見捨てた。セリアンの戦いで壊滅したマジャパイト軍に晴虎の侵攻を食い止める力はなく、晴虎が意図的に無視してきた東部の城塞も次々と陥落している。


 あと一か月もすれば、ヌガラ島は完全に大八洲のものとなるだろう。


「そうなったら、ヌガラ島に大名でも出来るのか? ヌガラ守……馬鹿みたいだな」


 ジャヤナガラは笑っていた。そんなことを考えているだけで、少しは気が紛れた。


「陛下、よ、よろしいですか?」

「ああ。入れ」

「はっ」


 また別の伝令がやってきた。


「ヴェステンラントのラヴァル伯爵より、海戦ならば協力も可能だと」

「何?」

「それが、ヴェステンラントはマジャパイトの国土で戦うわないことを約束しただけであって、海でどうするかについては保留されているとか」

「本当、なのか?」

「はい。間違いありません」

「そ、そうか……」


 それは希望だった。ヴェステンラントはまだ、マジャパイトを見捨ててはいなかったのだ。


 アチェ島は完全な島であって、ここに渡ってくるには船を使わざるを得ない。海上ならば或いは、軍神の力も意味をなさないのかもしれない。


 いずれにせよ、国王はありったけの金を使って軍船を整備するように命じた。

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