ルテティアの陣Ⅱ
「北北西上空より、多数の魔導士接近!」
ヴェロニカは叫ぶ。地上からでダメなら空からという魂胆らしい。
無論、その程度のことは想定済み。
「ライラ、いけるか?」
「うん。ばっちりだよ」
ライラ所長は隣に置いてある兵器の銃口をこんこんと叩いた。
2つの車輪で挟まれた台車に4つの銃口が取り付けられているその兵器。銃の一つ一つは20ミリの大口径であり、銃というよりは砲である。
「対空機関砲。機関銃を応用してこんなものまで作れるなんて、流石ですね」
「えへへー、それほどでも――あるけど」
シグルズが称賛すると、ライラ所長は子供っぽく照れた。だが彼女が天才であるのは間違いないのだ。
ライラ所長はカレドニア沖海戦で露見した帝国軍の対空戦闘能力のなさを懸念し、機関銃を大口径に――対空兵器にアレンジした兵器を完成させた。
それがこの対空機関砲である。実験では、少なくとも威力は十分であると判断されており、残る問題は弾が当たるかどうかだ。
こればかりは実戦で魔女相手に試してみないと分からない。そしてその実戦が今なのである。
「じゃあみんな、準備は整ったね?」
「――は、はい。総員、準備を整えました」
実際に操作するのはルシタニアの将兵な訳だが、それを指揮しているのはライラ所長である。彼女はこれだけは譲らなかった。
しかし、見た目上所長は御伽噺の魔女みたいな変な格好をした少女である訳で、彼らは一様に困惑しながら指揮を受けていた。
「はあ……まったく、王女様も少しは普通の格好をすればいいのに……」
クリスティーナ所長はわざとらしくため息を吐いた。本人としては保護者のようなものを自認しているのだろう。
しかし、シグルズから見れば、三角帽子のライラ所長も白衣のクリスティーナ所長も大体同じようなものである。
「あのー、クリスティーナ所長も大概だと思いますけど」
「え? 私のこれは正装よ。何か問題でも?」
「いえ何でもありません」
「そう」
――この人はダメな人だ。
諦めた。
「シグルズ様! まもなく城壁を通過します!」
「了解だ」
城壁の方からは機関銃の銃声が聞こえるが、もとより上に向けての運用は想定されていない兵器、ほぼ効果はないようだ。
いよいよ見えてきた黒い翼の鳥の群れに、皆、息を吞む。
「距離1,200!」
「よーし、撃てー」
「――りょ、了解!」
ライラ所長の気の抜けた号令で、対空機関砲の一斉射撃が始まった。弾の数は少ないが、一撃が機関銃とは比べ物にならないくらい重い。
「よしっ! 落ちた!」「俺が落としたのか?」「さあな! だがこれでいい!」
いい調子だ。ヴェステンラントの魔女たちは突然の攻撃に困惑し、次々と撃ち落とされている。
しかし威勢がよかったのは序盤だけであった。
「た、弾が出ない!」
「ええ? ちょっと見せてー」
「こっちもだ!」
「えええ?」
数十秒で故障が連発した。どうやら無理がある構造だったらしい。
ライラ所長とクリスティーナ所長は急いで原因を特定して修理しているが、砲火はやせ細っていくばかり。
「シグルズ!」
「は、はい!?」
オステルマン師団長は鋭い声でシグルズを呼びつける。
「時間稼ぎをする! 飛ぶぞ!」
「はい! 了解です!」
飛び上がる。今回の任務は時間稼ぎだ。うろちょろと逃げ回っていればいい。
「噂の魔導士か!」「こっちは緑の魔女だ!」「殺せ!」
シグルズもオステルマン師団長も随分と有名になっているらしい。どちらも目立つ外見をしているのが原因だろうが。
「さあて、どうした? かかってこい!」
「貴様……囲い込んで仕留めろ!」
安易な挑発であるが、実によくかかってくれた。数十の魔女がシグルズを追いかけてくる。
「焼き尽くせ!」「氷の槍だ! くらえ!」「鉄剣よ! 死になさい!」
「殺意高すぎない!?」
魔女たちが魔法の杖を突き出すと色々なものが後ろから飛んできたが、全て回避。
本気で逃げればそこの魔女たちを振り切れるが、それでは意味がない。速度は遅めで、上下左右の回避に意識を全てつぎ込んだ。
「クソッ! 逃げていないで正々堂々と戦え!」
「お、司令官っぽい人」
それは周りと比べて一段と立派な甲冑を身に着けた魔女であった。
「貴様には武人としての誇りはないのか!」
「いやー、そういうのは時代遅れだと思うんだよね」
「時代遅れだと!?」
「あ、はい」
余裕綽々のヴェステンラント軍ならばそういうお遊びをしている暇もあるだろうが、常に全力を出している――いや、限界を超えた努力を重ねているゲルマニアに、そんな無意味なことを気にする人間はもういない。
『シグルズ君、そっちの方撃つよー』
「了解ですっ!」
ライラ所長からの支援。有無を言わさず全力で飛び去る。
「おい! ま――クソッ! 邪魔だ!」
今さっきまでシグルズがいた空域に砲弾の嵐が到来する。
指揮官らしき魔女は砲撃に耐えたが、他の魔女はどんどん脱落していく。オステルマン師団長の方も同じ調子でことを進めているようだ。
○
「スカーレット様! 敵の砲火は激しく、突破は困難です!」
「くっ、不覚。総員撤退! 急げ!」
スカーレット隊長はまたもや撤退を命じる羽目になった。二度もゲルマニアの新兵器に翻弄されてしまった。
地上からでも空からでも、ルテティアの防備は完璧であったのだ。
○
「クロエ様、申し訳ございません。このスカーレット・ファン・ヨードル、敵国の都市一つを落とすことに失敗致しました」
スカーレット隊長は、ルテティア攻略の総大将、白の魔女クロエの前に跪いた。
「いいのですよ。大した損害でもありませんし」
「し、しかし、殿下から仰せつかった大任を、果たすこと叶いませんでした……」
「まあまあ、落ち着いて下さい」
「かくなる上は!」
「勝手に死なれると私が困ります。やめてください」
クロエはスカーレットが今にも自害でもしそうなのを引き留めるので一杯であった。
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