第五章 ゲルマニアの新兵器
ルテティアの陣
ACU2309 4/4 ルシタニア王国 王都ルテティア
「はーい、そっちのは北門に運んで。ああ、それは南第二門ね」
城郭都市ルテティアに諸々の武器を運び込んでいるゲルマニアの兵士。それを指揮しているのは帝国第二造工廠の所長、金髪碧眼のうら若き女性、クリスティーナ・ヴィクトーリア・フォン・ザウケル伯爵である。
――はあ、何で私がこんなところで……
ここにいるのは彼女が第一造兵廠の所長ライラ・エーファ・フォン・ヴィークラント公爵に無理やり連れてこられたからであって、彼女の意志ではない。
とは言え与えられた仕事で手を抜くのは彼女の性分に合わず、こうして交通整理に励んでいた。
○
「偵察隊より報告です。ヴェステンラント軍は現在、およそ20キロパッススの地点を進行中。3日もあればルテティアに到着すると思われます」
「ありがとう。国王陛下によろしく伝えておいてくれたまえ」
「承知しました。師団長閣下」
ルテティアには現在およそ5万のゲルマニア軍がおり、外周の防御陣地の構築や武器弾薬の運び込みを行っている。
その中にはオステルマン師団長やヴェッセル幕僚長やシグルズ、そしてライラ所長もいた。
「――と、なると、あと2日以内には撤退した方がいいな」
「ええ。暫くはお別れとなりますね」
「ま、いざとなったら逃げ帰ってくるさ」
ゲルマニア軍の担当はあくまで準備までだ。ヴェステンラント軍にルテティアが包囲される前に本国へ脱出する。戦うのはゲルマニアの武器を持ったルシタニア軍である。
しかし一部の軍人はここに残る。具体的にはオステルマン師団長、シグルズ、ヴェロニカ、ライラ所長、クリスティーナ所長である。クリスティーナ所長を除き、全員がコホルス級の魔導士だ。
これは、いざとなれば空を飛んで脱出出来るからである。クリスティーナ所長は、誰かが抱えていくことになっている。
○
ACU2309 4/7 ルテティア近郊
「総員! 突撃!」
スカーレット騎兵隊長は叫んだ。と同時に、およそ3,000の騎兵が城門目指して駆けだした。数が減っているのは他の都市の攻略も同時に行っているからである。
「銃撃です!」
「何だ!? 銃弾の密度が以前の比ではない!」
城壁の上に多数の兵士がおり、彼らが銃を撃ちかけてきたようだ。だが、その弾丸の数は、ノルマンディアの時の数十倍にも及んでいる。
「うっ――」「おい! 立て!」「もたないぞ!」
前方から兵士が徐々に崩れていく。
「どうされますか!」
「総員、壁上の敵を狙え! 撃ち方始め! 速度は緩めるな!」
魔導弩による集中砲火。壁の上の兵士は次々と倒れていく。
双方の距離が近づけば、双方の火力も上がっていくと言っていいだろう。銃弾と矢とが行きかう戦闘は激しさを増す。
だが唯一、スカーレット隊長の勢いだけは、揺らぐことがなかった。
「城門を破るぞ!」
機関銃の十字砲火をくぐり抜け、ヴェステンラント軍は鋼鉄の城門の前にたどりついた。城外での戦いは、ルシタニアが押し負けた。
「城門切断急げ! その他の者は応戦せよ!」
依然として城門の真上からの銃撃は続いている。それに弩で応戦しつつ、金の魔女たちが城門の格子を切断するのを待つ。
魔女たちは手元に刃を召喚すると、勢いに任せて振り下ろす。火花があがり、局所的に格子が溶け落ち、それを繰り返して人が通れる隙間を開けるのだ。
「作業、完了しました!」
「よし! 突撃せよ!」
一番槍の部隊が城内に飛び込んだ。しかし、彼らを待っていたのは銃弾の歓迎であった。
「うああ!!」「罠だ!」「退け! 退け!」「う、腕があ――」
先ほどの銃撃を遥かに上回る密度の銃弾。数十の兵士は一瞬にして肉塊と化した。
「な、何だと?」
「ブリューヘント伯、負傷されました!」
「ぐぬ……」
この罠は、尋常なものではない。スカーレットと言えど、突撃の命令は下せなかった。
「――撤退だ!」
「て、撤退ですか!?」
「そうだ! とっとと退け!」
そうと決まれば動きは速い。神速の突撃と変わらない勢いで、騎兵隊は逃げ帰った。
○
「素晴らしいじゃないか、この銃は」
ヴェステンラント軍の死体を眺めながら、オステルマン師団長は感嘆していた。持ち運びには絶望的な重さとは言え、防衛ならばこれで十分。圧倒的な力だ。
「その――なんだっけか? これ」
「機関銃、だよ。ジークリンデ」
ライラ所長はゆっくり答えた。
「ああ、そうだった。機関銃。素晴らしいぞ」
「それを言うならシグルズ君に言ってよ。私は彼の作ったものを図面にしただけだよ」
「そうだったな」
後片付けの指揮を終えると、師団長はシグルズのところに赴いた。場所は民家を借りた仮の司令部で、中にはクリスティーナ所長もいた。
「シグルズ、聞いてるだろうが、君の作戦は大成功だ。シグルズの為だけに新しい勲章を作らんといけないな」
「いえいえ、そんな。僕はちょっとした発明を披露しただけです」
と謙遜しつつも、シグルズは内心すこぶる喜んでいた。もとより有利な防御の場面限定ではあるが、文明の光が魔法を駆逐したのである。
このまま機関銃の量産が進めば、帝国を攻め落とせる勢力はいなくなる。
「ちょっと、私のこと、忘れてない?」
むすっとして立ち上がったクリスティーナ所長。
「ええと……誰だっけ?」
「んなっ……私は帝国第二造兵廠の所長のクリスティーナ・ヴィクトーリア・フォン・ザウケル伯爵ですどうぞよろしくお願いします第18師団長のジークリンデ・フォン・オステルマン伯爵さん」
「――あ、ああ、すまない」
名前と役職を聞けば、師団長も彼女のことを思い出した。
「機関銃を作ったのも運んだのもあんただったな。感謝する。それに、こんな最前線までライラが連れてきてしまって、私から謝る」
「――ど、どういたしまして。べ、別に、私が趣味で来てるだけなんだから、謝る必要なんてないわよ」
クリスティーナ所長は分かりやすいくらいに照れていた。
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