スカーレット隊長
ACU2309 3/28 ノルマンディア
「蹂躙せよ! ヴェステンラントの武勇を腰抜けどもに思い知らせてやれ!」
スカーレット・ドミニク・リーゼンフェルト・ファン・ヨードル子爵。純白の鎧の騎士たちの中でもひと際煌めく鎧を纏った、騎士の中の騎士と呼ばれる女性である。
彼女は自ら軍を率いて参陣している訳ではないが、究極的には寄せ集めのヴェステンラント騎兵隊の総大将を白公クロエより預かっている。スカーレット隊長はクロエを敬愛し、クロエは彼女を信頼していた。
「進め! 進め! 敵は斬り倒せ!」
「「おお!!」」
濁流のような騎兵隊は、数十倍の敵軍の中に突入していく。
既に砲撃によってゲルマニア軍の組織的戦闘能力は崩壊している。抵抗は極めて散発的であった。
馬上から長柄の剣を振り下ろせば、馬の駆ける勢いで兵士が倒されていく。倒れた兵士は馬が踏みつけ、敵中と言えど突撃の速度は鈍らない。
「全軍、東の師団を叩くぞ! 転回せよ!」
騎兵隊の任務は敵をかき乱すこと。殲滅ではない。
中央突破でゲルマニア師団の統率を崩壊させた後は、矢継ぎ早に次の師団を潰しにかかる。
「来たぞ! 構え!」
「おっと――」
統率を回復させた師団が、騎兵隊を待ち構えていた。数千の銃口が一斉にこちらを見ている。相撃ちすら辞さない覚悟のようだ。
しかし、その程度でヴェステンラントの騎士は止められない。
「全軍突撃! 奴らを蹴散らせ!」
「撃ち方始め! ここを通すな!」
「こちらも撃ち方始め!」
弩の一斉射撃で敵に揺さぶりをかける。そして射撃を続けながら突撃。
数十発の弾丸がスカーレットの鎧を叩いたが、全て跳ね返された。彼女は防御に魔力を費やすタイプの魔女なのだ。
「く、来るなっ!!」
「失せろ!」
「ぐっ――」
健気な抵抗は粉砕された。敗残兵など気にせず、騎兵隊は更にゲルマニア軍の奥へ奥へと進み続ける。
「こちら飛行隊。地上の様子はどうか?」
「対空戦闘をしている部隊は壊滅させた。好きなだけ暴れられたし」
「了解した!」
ゲルマニア軍にとっては更なる凶報。砲撃と騎兵突撃によって、ゲルマニア軍の練り上げた対空戦術は決壊した。
こうなれば、空はヴェステンラントの独壇場。空から魔法による種々の攻撃が降り注ぐ。そうしてゲルマニア軍の隊列は加速度的に崩壊していった。
○
ACU2309 3/28 ノルマンディア 第18師団司令部の残骸
「シグルズ様! 敵の歩兵も前進してきます!」
「……これは、負けた」
「ああ。これは、敗北だ」
ついさっきまで互角の戦いを繰り広げていた歩兵に対抗する力すら、ゲルマニア軍には残されていなかった。
「西の軍、ルシタニア軍にも騎兵突撃があり、いずれも阻止には失敗したようです……」
ヴェッセル幕僚長は沈痛な声で。連合軍の全ての部隊が崩壊しつつあった。立て直しの可能性は見えない。
「総崩れ、ですか……」
「ああ。そうなるだろうな」
「閣下! ザイス=インクヴァルト司令官より、全軍撤退の命令です!」
「やっとか。総員引くぞ! 全力で逃げろ!」
第18師団は全力で敗走を開始した。銃と弾薬以外は投げ捨て、戦場をひたすら走る。
「上から敵です!」
「私が行く! お前たちは進み続けろ!」
オステルマン師団長は背中から黒い羽根を伸ばし、回転式小銃を片手に飛び上がった。
「ぼ、僕も行きます!」
シグルズも飛び上がろうとした。しかし――
「閣下なら大丈夫ですよ」
腕をがっしりと掴まれた。誰かと思えばヴェッセル幕僚長である。
「いや、でも」
「あの方なら何とかなりますよ。ほら」
「……」
空を見上げると、オステルマン師団長がヴェステンラントのコホルス級魔女を次々と撃墜していた。
「あれは一体……」
敵の体が次々に爆発して、腕や足がもげていくのが見えた。それがいかなる魔法であるのか、シグルズには見当がつかなかった。
「言ったでしょう。あの方なら何とかすると」
「た、確かに……」
師団長の尽力もあり、第18師団は無事に戦場から離脱することに成功した。
○
ACU2309 4/4 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸
「総統閣下、報告致します。我が軍は会戦に敗北し、派遣したおよそ40万のうち25万の兵力を喪失。現在、ルシタニアとの国境付近で籠城の準備を行っております」
ヴィルヘルム・オットー・フォン・ザイス=インクヴァルト西部方面軍総司令官は、ヒンケル総統に淡々とことの顛末を報告した。
「ザイス=インクヴァルト司令官、君はどうしてそんなに冷静でいられるのだ?」
総統は信じられないでいた。この学者のような男は、論文の発表でもするかのようにゲルマニア軍始まって以来の大敗北を報告したのだ。
「悲しんだり後悔していても、何も始まらないでしょう。私は西部方面軍総司令官としての職務に忠実であろうとしているだけです、閣下」
「わ、分かった。では次の作戦もあるのだな?」
「はい。ヴェステンラント軍は輸送能力が薄弱ですので、占領地の拡大に非常に時間がかかります。その間に国境付近の城、都市を要塞化し、侵攻に備えるとしましょう」
ヴェステンラント軍は攻城戦にはそう強くない。メレンのように要塞化した都市をいくつも作れば、長期に渡る足止めも出来るだろう。
「それと、報告はまだあります。我が軍とルシタニア軍の撃破率を比較した結果、我が軍はルシタニア軍のおよそ6倍でありました」
「つまり?」
「新式小銃、鎖閂式とかいうものでしたか、あれは非常に有力な兵器だったということです」
つまり、ゲルマニア軍は以前と比べて飛躍的に強くなったが、ヴェステンラント軍の圧倒的な強さの前には歯が立たなかったということだ。
「しかし、奴らの大半は
総統も実際に計算式を見せられて納得していた。ダキアの
「それは恐らく、兵装の統一が理由でしょうな」
カイテル参謀総長は言った。
「どういうことだ?」
「我が軍と同じことです。全ての兵士に同じ武器を持たせ集団で運用する。それが勝利への王道であるのは、我が軍が示したことです」
ダキアの魔導士は各々がバラバラな攻撃をしていた。それでは各個人の戦闘能力は活かされない。いくらその殆どがデクリオン級以上でも、その真価は発揮されないのだ。
装備の統一が強い軍隊を生み出すというのは、古代の昔から知られていたことだ。しかもその理論でゲルマニア軍を鍛え上げたのはカイテル参謀総長その人であった。
「そうか。個人の能力の和だけで考えていた我々が愚かだったということか……」
「恐れながら、その通りでありますな……」
その日の総統官邸には、一段と重い空気が蔓延していた。
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