騎馬突撃
ACU2309 3/28 ノルマンディア 第18師団司令部
「高速で接近する魔導反応あり! あれは……騎兵です!」
ヴェロニカの叫びは司令部中に――もっとも一般的な教室の半分くらいの広さしかないが――響き渡った。
「数は?」
師団長が問う。
「そ、それは……その……」
彼女の問いにヴェロニカは答えられなかった。平常な人間でも師団長が苦手な人は多いというのに、人間嫌いなヴェロニカではなおさらなのだ。
「ヴェロニカ、数は?」
「は、はい! ええと――」
シグルズが問えば明るく答えてくれる。随分と懐かれたものである。しかし――
――ヴェロニカが、迷っている?
いつものヴェロニカは一瞬で答えてくれた。だが今回は返答に時間がかかっている。その初めて見る様子に、どことなく不安にかられてしまう。
シグルズに限らず、その場の全員が不安を共有していた。
そして、意気揚々としていたヴェロニカの顔が青ざめてきて、その不安は決定的となった。
「数は、1,000、1,500、なおも増大中! 進路上には私たちがいます!」
「おいおい、それはまずいんじゃないか……?」
最終的には5,000にまで膨らんだその数を聞いて、オステルマン師団長からいつもの余裕が消えた。
「どうやら、我が軍を分断するつもりのようですね……」
ヴェッセル幕僚長は苦虫を嚙み潰したような顔で。その目的が達成された場合、恐らくゲルマニア軍は瓦解する。ルシタニア軍もすぐにそうなるだろ。
「全軍に警報を出せ! 何とか食い止めるぞ!」
「――はい。直ちに」
ヴェッセル幕僚長は悲壮な覚悟を決めた。
「それと……シグルズ、何とか出来るか?」
「僕の銃の性能を信じたいところですが、それが叶わないならば僕が出ます。ですが、それでも無理があるでしょうね」
レギオー級とは言え、魔導士相手なら同時に戦えるのは500人が限界と評価されている。味方と共同で当たるとは言え、期待は出来ない。
「それは分かっているが、まあ、死なない範囲で応戦してくれ。お前が死ぬのはゲルマにとって最大の損害だからな」
「了解しました」
「シグルズ様、戦いに、行くのですか……?」
ヴェロニカは動揺した様子で。彼女はシグルズを――家族を失うことを何より恐れていた。
「ああ。大体、今だって戦いの真っ最中だろう?」
「それはそうですが……」
ヴェロニカの言いたいことは分かる。意地悪を続ける気もなかった。
「大丈夫。僕は死なないよ」
「お、お気をつけてください」
「ああ」
○
時間はない。シグルズは早速、最前線に立った。ヴェロニカは司令部で引き続き観測に努める。
「見えてきた……」
騎兵は馬の防具から兜に至るまで真っ白に仕立てていた。恐らくは白の国で軍装を統一しているのだろう。
時代錯誤な角笛が鳴り響く。
それを合図に、数列に並んだ騎兵がけたたましい足音を立てながら全速力で突っ込んできた。
『総員、撃ち方始め! 歩兵は構うな! 騎兵だけ狙え!』
師団長からの魔導通信。と、共に斉射が始まる。シグルズも自分の発明した小銃を構える。
最初の斉射で何人かの魔導士が倒れた。その後も最前列の魔導士が落馬していく。
しかし、敵の勢いの方が圧倒的であり、両軍の最前列の距離はみるみるうちに縮まってきた。
「騎兵だって? そんな古臭いものに、文明の力が負けるのか……?」
屈辱であった。ふざけるなと思った。だが現実はあまりにも残酷に敗北を突きつけようとしてくる。
両軍の距離は30パッスス――およそ50メートルになった。ここが限界であった。
「悪く思うなよ! 全力でいかせてもらう!」
銃を投げ捨て、空中に数百の剣を召喚。それを暴雨のごとく投げ飛ばす。
「僕だけじゃ止められない! みんなも頑張ってくれ!」
「「おう!!」」
シグルズの全力の魔法と師団の全力の火力。それで何とか均衡を保つことに成功した。
両軍の間に見えない線があり、それを超えたヴェステンラントの騎兵は倒れる。見かけ上はそのようなギリギリの、薄氷を踏むような近郊である。
「ぐああ!!」「うぐっ――」
「衛生兵! 2人やられた!」「今行くぞ!」
「間を埋めろ! 急げ!」
ヴェステンラント軍の攻撃は依然として続いている。それによって兵士は死に続けている。
であるから、均衡は後ろからいつまでも兵士が補充されなければ維持出来ない。一瞬でも気を抜いたら、全てが崩れ去ってしまうだろう。
だが、そんな懸命の努力を嘲笑うようなことが起こる。
○
「ば、幕僚長さん!」
「はい。何でしょう?」
ヴェロニカはヴェッセル幕僚長になら何とか話しかけられた。
「ヴェステンラント軍後方に、多数の強い魔導反応を検知しました」
「それは……ええ……」
一体何が起こるのかは幕僚長には判断出来なかった。
もっとも、次の瞬間にはその意味を理解することになる。
「あ、あれは……」
ヴェロニカは震える指でヴェステンラント軍の方を指さした。
「あれ? なっ、何だあれは……」
ヴェステンラント軍の上空に、太陽のような火球が無数に浮かんでいた。燦燦と輝くそれは、神の奇蹟を連想させる。
騒然とする司令部で、ただ一人、オステルマン師団長だけは、その意味を即座に理解した。
何せ、彼女はそれをある魔導士に命じたことがあるのだから。
「っ! 飛んでくるぞ! 全員伏せろ!」
と、言った時には既に、火球は師団の、ゲルマニア軍のあらゆるところに雨あられのように降り注いでいた。
燃える。人も、ものも。
かつてダキアが味あわされた地獄が、遥かに大きな規模で展開されたのだ。
「落ち着け! 服が燃えたくらいで死にはしない!」
腕の辺りを燃やしながらも、師団長は無線機に必死に呼びかけた。
「隊列を維持しろ! 持ち場に戻れ! このままでは……」
だが、なおも降り続ける乾ききった雨に、彼女の見渡す限りの秩序はあっけなく崩れ去ったのだった。
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