上陸
ACU2309 2/6 ブリタンニア連合王国 王都カムロデュルム
「条件は3つ。貴国の艦隊を全て我が軍に供与すること。首相に赤公オーギュスタン・ファン・ルージュを据えること。そして貴国が保管している始原の魔女の心臓を返還していただくこと。以上です」
ルーズベルト外務卿は涼しい笑顔で。
始原の魔女の心臓とは、始原の魔女イズーナの心臓のことである。かつて合州国独立の交換条件として諸国にその欠片が分配されたものだ。
「わ、分かった。私が無事でいられるなら、受け入れよう」
「……陛下、私の進退などどうでもいいことですが、国をまるまる売り渡すようなものであることは、承知しておりますよね?」
チェンバレン首相は、ここまでくると半分諦めが付いていた。
ブリタンニアの北から上陸され、南の端にあるこの王都にまで攻め入られているのだから、もう抵抗のしようもない。
更には、ブリタンニア島の周囲は完全に封鎖され、大陸から増援が来る気配は微塵もない。軍事的な抵抗は不可能だ。
「わ、分かっている。だが、まだ名前だけでも国を存続させなければならない。そうであろう?」
「はい。確かに、その通りです。もう徹底抗戦を唱える議員は残っておりません。陛下の御意のままに」
「う、うむ」
かくしてブリタンニア連合王国は降伏した。
○
同日、カムロデュルムにて。ヴェステンラント軍は次なる計画を思案していた。
「さて、次は旧大陸への上陸といきたい訳だが」
今や首相となったオーギュスタンは言った。その言葉の次に何が来るかは大体想像がついたが、白公クロエは続けて。
「ブリタンニア島という巨大な橋頭保を手入れたとは言え、安定した兵站線を確保するには港が不可欠です」
「そうだとも。我々はまず、港を奪取しなければならない」
強襲上陸のようなことは魔法を駆使すれば出来なくもないが、その後がもたない。ヴェステンラントの国力では港が不可欠だ。
「しかしながら、敵も当然、港に大部隊を置いて防衛している」
「はい。ルシタニア軍の無線から、そのように確認出来ます」
と、ぼそっと告げたのは、クロエの専属メイドのマキナ。無表情な彼女は珍しい光の魔法――電波の魔法の使い手であり、現代風に言えばハッカーのようなことが出来るのである。
当然、ヴェステンラントが他国の無線を傍受出来るというのは国家機密であるが。
「海上では圧倒したとは言え、地上部隊に魔導弩砲はあまり効果的ではないだろう。さて、これをいかにしてかいくぐる?」
魔導弩砲の弓の本質は木材を焼き火薬に引火させる高温であり、破壊力はさして高くない。地上の施設にはあまり効果を発揮しないだろう。
となると、真っ向勝負をしかけるのはいささか分が悪い。
「では、マキナに偽情報でも流してもらいましょうか」
「クロエ様、その手は一度切りのものです。ここで使ってもよろしいのですか?」
一度偽情報を流されれば、ゲルマニアも警戒して、この策は通じにくくなるだろう。
「ええ。大陸への上陸以上に大変なことが起きるとは思えませんよ。オーギュスタン殿も、よろしいですね?」
「ああ。それで構わない」
「承知しました。それでは」
作戦は決定された。
○
ACU2309 3/12 ルシタニア王国 ノルマンディア港
地球で言えば大体ノルマンディーの辺りにあるノルマンディア港にて。
「ん? あれは……」
見張塔の兵士は、海が遠くから黒く染まっていくことを認めた。
「んん?」
染みが大きくなってきた気がした。そしてついに彼は気づいた。
「あの白旗はヴェステンラントの軍旗……ヴェステンラント!? 敵襲だ! 敵襲!」
かんかんとけたたましい鐘を鳴らし、港全体に危機を伝える。だが、既に手遅れであった。
「な、なんてことだ……これは一体……」
ここにいる兵力は僅かに千ばかり。ヴェステンラント艦隊は別の港を目指している筈なのだから当然だ。
またそれ故に、どうしてここに奴らがいるのか、誰にも分からなかった。
ヴェステンラントの軍船からの弩砲による攻撃。飛び出してきた魔道士による雨あられのような攻撃。
係留されていた軍船は悉く焼き払われ、港を狙って備え付けられていた砲台や陣地は、その役目を一度も果たさぬまま破壊された。
散発的に響いていた銃声も、今や一つも聞こえない。
「あ……」
そして、彼のいた見張塔も崩れ落ちた。
○
ACU2308 3/13 神聖ゲルマニア帝国 ルーア公国 ブルークゼーレ基地
「シグルズ様、どうやらヴェステンラント軍がノルマンディアへの上陸に成功したみたいです」
どこからか帰ってきたヴェロニカは世間話のようにそう言った。
「……え? どういうこと?」
全く理解が追い付かない。いずれヴェステンラントが上陸作戦をしかけてくるのは予想されていたことだが――
「文字通りです。ああ、時間ですか。昨日の深夜だそうです」
「いやそうじゃなくて、どうして君が知ってるの?」
「ちょっとザイス=インクヴァルト司令官のお部屋にお邪魔してきました」
「……はい?」
ヴィルヘルム・オットー・フォン・ザイス=インクヴァルト。ゲルマニア帝国軍の西部方面軍の総司令官である。
そんな人がヴェロニカを部屋に入れるのを許可する筈がない訳だが。
「あの……どうしました?」
「いやいや、聞きたいのはこっちだよ。どうやって総司令官の部屋に入ったの?」
「普通に歩いて入れましたよ。警備の人がちょっと怖かったですが」
――それがどうかしたのでしょうか?
わざわざ言わないが、ヴェロニカにはシグルズが困惑する理由が分からなかった。
シグルズは、一体どこから話そうか、心底悩んでいた。
「その、とりあえず言っておく。人が警備しているところに入っちゃダメだ」
「ここだってそうではないですか」
確かに基地には兵士が沢山詰めている。
「まあそうだけど……そう、君は警備の人の目から逃れながら進んだんだよね?」
「はい。その……人と話したりするのはまだ苦手で……」
ヴェロニカは困った顔をして笑う。
シグルズは理解した。
ヴェロニカは単に人との接触を避けていただけなのだ。そこに悪意はなく、基地の探検をしていたところ、偶然にも総司令官の部屋に入ってしまったと。
どうやら彼女には、天賦の潜入の才があるらしい。
「とにかく、僕からあんまり離れないでね」
「はい! 勿論です!」
「うーん……」
彼女にとってはこの基地の中くらいならば『近く』らしい。まったく、どうしようもない。
その後、シグルズがオステルマン師団長から正式な発表を聞いたのは数時間後のことであった。
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