クリスティーナ所長
ACU2308 3/16 帝都ブルグンテン近郊 帝国第二造兵廠
帝国第二造兵廠は、工場としては非常に狭い部類の第一造兵廠と違い、煙突の立ち並ぶ巨大な工場である。
第一造兵廠の時と同じく、応接室的なところに案内された。こちらの方が遥かに立派であった。
「どうも、こんにちは。私は帝国第二造兵廠所長のクリスティーナ・ヴィクトーリア・フォン・ザウケルよ。よろしくね」
新型鎖閂式小銃の量産を提案しに来たシグルズを出迎えたのは、エリーゼのような金髪碧眼のすらっとした女性であった。どことなくエリーゼに似ている気すらする。
その格好はライラ所長とは正反対の白衣姿であった。もっとも、ここは研究機関ではない筈なのだが。
「僕は、ただの一兵卒のシグルズ・デーニッツです。よろしくお願いします」
「そういう固い挨拶はいいわ。それより、早く話を聞かせて」
なかなかせっかちな性格のようだ。これもライラ所長とは正反対。
しかし、シグルズにはまず確認したいことがあった。
「あの、あなたのことはどうお呼びすれば?」
「え? 普通にザウケル所長とかじゃないの?」
確かに普通はそれでいい。だが問題はそこにいる魔女――ライラ所長だ。
彼女は王族であるから、国名をそのまま名字の如く持っている。その名で『ヴィークラント所長』と呼ぶのは『ノルウェー所長』などと呼んでいるようなもので、極めて不自然である。
故に彼女のことはライラという名で呼んでいるのだが、ではここにいる白衣の所長もクリスティーナ所長と呼ぶべきではないかという話である。
「あー、それ、私のことでしょ?」
「え? 王女様が何かあるんですか?」
――王女様って呼んでるのか……
しかも敬語。ライラ所長が高貴な身分であると再確認させられた。
と同時に、ライラ王女様がシグルズの迷う事情を説明してくれた。
「なるほどね……別に私はクリスティーナ所長でも構わないわ。もっとも、やけに馴れ馴れしい感じはするけどね」
「構わない――ですか」
結局どちらで呼ぶべきかは言ってくれなかった訳だが、ライラ所長がここにいる今は基準を揃えた方がいいと判断する。
「では、クリスティーナ所長で」
「ええ。じゃあ早速だけど――さっきも言ったけど、話を聞かせて?」
「では、まずはこれを――」
早速小銃を召喚して、その特長を説明する。
「――こういう感じの銃です。で、僕としては、帝国の小銃を片っ端からこれに切り替えて欲しいのですが、どうでしょうか」
「いや、いやいやいや、流石に今は無理よ」
「え、そうなんですか?」
クリスティーナ所長も技術的な価値は認めてくれた。では何故に量産を断るのか。シグルズには分からなかった。
「だって、今は政府から今の小銃の大量生産を命令されてて、それどころじゃないのよ。だから無理」
「えー、だめなのー、クリスティーナ」
「む、無理なものは無理です。いくら、王女様の頼みでも……」
どうやらクリスティーナ所長本人としては、量産計画に反対ではないらしい。あくまで問題は上層部のようだ。
もっとも、現場の判断で兵器の生産量を決められたら、それもそれで問題だが。
「つまりは、総統とか参謀総長とかを説得してくればいいんですね?」
「ま、まあ、そういうことになるけど。でも、あんたなんかじゃ無理な話よ。諦めた方がいいわ。それに、今すぐに小銃の更新をする必要なんてないじゃない」
確かに現状、小銃を即座に更新すべきことの根拠はない。
だが、メレンの戦いの記録を見る限り現在の小銃の威力が十分とは言えないと、少なくともシグルズは思っていた。
「メレンの記録を見ても、そう思うのですか?」
「そ、それは――微妙」
「はい。僕もそう思います。確実でないのなら、より強くすべきです。それに、メレンの戦いから諸外国が小銃対策をしてくる可能性もあります」
戦時の技術、戦術の進歩は凄まじいものがある。たったの数年でかつての最新鋭が旧式化することは日常茶飯事だ。
「まあ、それは理に適っているわね」
「では、クリスティーナ所長は小銃の更新に賛成である、ということでよろしいですか?」
「ま、まあそうだけど――って、あなた、何を企んでるの?」
「上層部との交渉材料に使えるかと」
帝国の兵器生産の第一人者が賛成していると言えば、効果は絶大な筈。
「でも、そもそもどうやって参謀本部に訴える気? 言っとくけど、私は手伝わないわよ」
「どうしてですか?」
「面倒だからよ。私は効率的に生産する方法を考える人であって、何を作るかは管轄外。それはそこの王女様の役目」
「ええ? でも私、新兵器を提案して評価するだけで、そういうのに関わったことはないよ?」
「え、そうなんですか? 意外です」
「ああダメだあ……」
2人とも自分の興味がある分野以外に全く関心を示さないタイプだ。研究さえ出来れば他はどうでもいいらしい。
「あ、でも、私の王女様特権で何とか出来るかも」
「そんなのあるんですか?」
「まあねー」
ライラ所長はニヤリと笑った。
所詮は帝国内の領邦の王女。そう大したことはないとシグルズは思っていた。
だが後日、その考えを根底から覆させられることとなった。
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