ヴェステンラントの場合Ⅰ

 ACU2304 3/28 ヴェステンラント合州国 陽の国 王都ルテティア・ノヴァ ノフペテン宮殿


 場所はヴェステンラント合州国王都ルテティア・ノヴァに位置するノフペテン宮殿。地球で言えばグアテマラの辺り。


 円卓を囲み合州国の七大公が集う会議——七公会議が開かれていた。


「——つまりは、魔法が野蛮な鉄の武器によって脅かされているということです。我が国も、そろそろ次の行動を考えねばなりません」


 議長は合州国摂政のエメ・ファン・オブスキュリテ。現女王ニナの実の母親である。


 しかしながら、真面目にやっているだけなのに他の大公の間では小うるさいおばさんと認識されている、かわいそうな人である。


 ○


 レモラ一揆は、魔法大国ヴェステンラントではゲルマニアと真逆に捉えられていた。


 高潔なる魔導士は、25倍程度の兵力差でありながら、敵にロクな損害を与えることすら出来ずに潰走したのかと。


 ここでは逆に、科学技術の発展が恐れられていたのだ。


「で? あんたはどうしたい訳?」


 常時足を組んで口が悪いこの女は、黄の魔女にして黄公のドロシア・ファン・ジューヌ。誰に対しても攻撃的と評判である。


「あなたが好きなことですよ」

「へえ。やっぱり戦争か」

「はい。戦争です。ですから今回はその是非を問いたい訳です」


 それだけで意味は伝わる。


 相手は機械の国ゲルマニア。かの国が増長し勢力を拡大するのは容認出来ない。


 少なくともその一点に関しては、ここにいる全員が共有する認識である。


 無論、エメとて戦争を好きでやりたい訳ではない。国家を未来永劫存続させる為、必要に迫られているだけである。


「戦争といっても、その目的と手段を明確にするべきではないか?」


 赤毛の彼は赤公オーギュスタン・ファン・ルージュ。赤の魔女ノエルの父親である。


 常に落ち着き払った理知的な、しかし時折挑発的にも聞こえる言動で、女性陣から人気が高い。


「そんなもの、ゲルマニアを滅ぼせでいいでしょ?」


 ドロシアは面倒臭さげに。


「まさか。君は、それが出来る程の財力が我が国にあると思っているのか?」


 決戦にはいくらでも勝てても、面的な支配を継続出来る訳ではない。それにはやはり金が必要である。


 しかしヴェステンラントの経済規模は、その広大な国土と比べ、貧弱の一言。


 とても占領地の維持など出来ない。


「冗談よ、冗談。だったら逆に、死ぬほど賠償金を巻き上げればいいんじゃない?」

「それも、手ではあるな」

「他に何かあるの?」


 ドロシアは円卓を見回した。すると小さく答える者が一人。


「あの……本当に戦争をしなくちゃいけないんでしょうか?」


 控えめな少女は、青公オリヴィア・ファン・ブラウ。青の魔女シャルロットの妹である。


「いずれはそうなるだろう。君は逆に、それ以外の選択肢を提示出来るのか?」


 オーギュスタン赤公は平然と。


「た、例えば……話し合い、とか……」

「それで済めば戦争など誰もしない」

「で、ですけどお……」


 オリヴィアが助けを求め視線を泳がすと、頼れそうな大人の人が一人。


 陽公シモン・ファン・ルミエール。オーギュスタンと同じく魔女の父親であるが、性格は全く反対の、物腰柔らかな人である。


「オーギュスタン、そのくらいにしてあげてくれ。大の大人が子どもっぽいぞ」

「ではシモン。君は何らかの策を提示出来るか?」

「今は――出来ない。だが、それは急な話だったからで、ちゃんと考える時間が欲しいものだ」


 今回の招集は本当に急なものだった。議題の事前通知はつい昨日で、意見を纏める時間すらなかったのである。


「確かに。私がことを急いていました。今日はあくまで軽く考えを共有するだけの場とし、結論は後日出すことにしましょう」


 エメは子供っぽく喧嘩する2人に割り込んで言った。


 国家の大事である。そう簡単には決められない。


 しかし同時に、簡単な意見表明だけならば、全員に一言ずつはもらっておくべきだろう。


 今の所傍観を決め込んでいるのは、白公にして白の魔女クロエと、黒公にして黒の魔女クラウディアである。


「クロエ、あなたは今後の我が国の方針について、どう思いますか?」


 赤い双眸以外は全身真っ白の白の魔女——クロエ・ファン・ブランは、いつも静かで誰にでも丁寧に話す人である。


 エメは彼女に、良き議論の為の穏健な意見を求めていた。しかし――


「大雑把に言えば、ゲルマニアは早急に潰しておくべきかと思います」

「……それは、何故です?」

「ゲルマニアの蒸気機関に代表される技術は、人類にとって明らかに有害です。人々に亀裂を生み、混乱を招いている。これは取り除くべきです」


 クロエがレモラ一揆の現場にいたことは秘密だ。技術に運命を狂わされた人々の悲愴、あのような暴挙に訴えざるを得なくなった悲痛なのを見たことも。


 ——全ての元凶は、蒸気機関。あれを壊しつくさなければ。


「……分かりました。では、クラウディア、あなたは?」


 黒の魔女クラウディア。才色兼備の麗しい少女である。余りにも正直なのを除けばだが。


「私はヌミディア方面で忙しい。勝手にやればいい。どう決まっても国家方針には従うけど、増援は送れないと言っておく」


 地球でのアフリカ大陸に当たる大陸は、ここではヌミディア大陸と呼ばれている。


 で、彼女が忙しいのは、彼女の黒の国が現在、ヌミディア大陸南端の国——ムタパ王国と小競り合いの真っ最中だからである。


「そ、そう。でも一応、戦争か否か、意見は聞かせて欲しいのですが」

「前提が不明瞭。よって判断は下せない」

「……わ、分かりました。皆さんどうもありがとうございます。では次の議題に——」


 エメは逃げるように次の議題に進んだ。


 もっとも、この常識人の少な過ぎる集団からは逃れられないが。

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