魔法の杖には機関銃を!~魔法全盛の異世界に、現代知識と無双の魔法で覇を唱える~

@sovetskijsoyuz

第零章 プロローグ

塹壕の戦いⅠ

 ACU2309 6/27 ルシタニア王国 ロウソデュノン要塞正面


「シグルズ様。ヴェステンラント合州国魔導騎兵およそ400、確認しました!」

「了解した」


 塹壕に籠るゲルマニア帝国軍兵士を率いている、その地位にしては余りにも若い将校と、その側で魔導探知機を弄っている少女。


 青年将校の名はシグルズ・フォン・ハーケンブルク城伯。黒い髪と茶色の目。ゲルマニア人としては普通の見た目だが、黒い軍服はよく似合う。


 そして所謂、異世界からの転生者である。


 少女の名はヴェロニカ・フォン・ハーケンブルク。シグルズの義妹(戸籍上は姪)にして、彼を慕いに慕っている兵士だ。


 その髪は雪狼のような灰色、目は透き通った琥珀色。背は低く、よく年齢を勘違いされる。その姿は一言で言えば子犬のよう。しかしその本当の顔を知る者は少ない。


 戦場の様子は以下の通り。


 二重の塹壕には、今回の為にヒンケル総統が与えた三千の兵が詰め、全員がシグルズの発明した(地球のものをパクっただけの)五連発鎖閂式小銃を持ち、少数の機関銃すら配備されている。


 前方には空堀と鉄条網を設けており、これで合州国の魔導騎兵の突撃を防ぎ、そこに銃弾の嵐を浴びせてやるという計画である。つまるところ、かの有名な長篠の戦いを再現したいのだ。


 元の世界ではこれで上手くいったが、それがこの世界でも通用するかはやってみないと分からない。


 無論、それなりの勝算があったからこそ勝負を挑んでいる訳ではあるが。


 ○


「み、見えてきました、ね」


 ヴェロニカは引きつった笑みを浮かべた。人間、恐怖でどうしようもなくなると笑うしかなくなるらしいが、その実例が今まさにここに。


 何故に怯えているかというと、土煙を盛大に立てながら突っ込んでくる、全身を純白の鎧で覆った魔導騎兵が視界に入ってきたからである。蹄の音も鬨の声も、角笛の音が響き渡るのと共に近付いてくる。


 この視線から見上げると、いとも簡単に踏み潰されてしまいそうで、確かに恐怖が倍増してしまう。


 ――これは塹壕の欠点だな。


 シグルズはそっと心の中に留めておいた。


「しかし、代わり映えしない奴らだ」

「ま、まあ、それはそうですが……」


 合州国の戦術は、古代の昔から全く進歩のない、原始的極まる戦術である。


 しかし魔導鉱石エスペラニウムをほぼ産出せず、纏まった魔導戦力を保有し得ない帝国は、その数々の努力を嘲笑うように、中世の戦術に蹂躙されてきた。


 今回も彼らは同じことを反復するつもりだろう。


「砲撃、来ます!」

「おっと、危ない。全軍、頭隠せー」


 砲弾を撃ってくる訳ではない。しかしそれは砲撃と呼ぶに相応しいものである。


 上空から降ってきた火球は地面に達するや、さながら焼夷弾のように炎を撒き散らした。


 だが、塹壕の前にそのようなものは無力である。


「い、生きて、る?」


 ヴェロニカは自分の体が無傷であるのを確かめながら呟いた。


「そう。怖がることはない」


 全身の入る溝に隠れるという簡単な方法で、この程度の砲撃ならほぼ無力化出来るのだ。若干の負傷者は出たが、ちゃんと水も用意してあるし、そのくらいは誰にとっても想定内。


 様子を伺うべくヴェロニカはゆっくりと頭を出したが、しかし、瞬時にそれを引っ込め、そして叫んだ。


「い、いしゆみです!」

「だな」


 魔力を付与された超高速の矢が、頭上を銃弾のように掠めていく。弾道としては弩というより銃に近い。


 しかし、それだけだ。


 頭一つ分より高い位置の軌道を描いているのだから、頭を出したところで問題はない。


「全軍、そろそろ反撃だ。銃を構えろ」

「え、ほ、本気です?」

「本気だ。ほら、見ていて」


 誰だって頭上を銃弾が掠めるところで頭を出したくはない。


 であれば、まずはシグルズがお手本を示すしかない。


 飛来する矢などには怯まず身を乗りだし、銃口を時代遅れの奴らに向けた。


 それを見て隣の兵士が、ヴェロニカが、その隣の兵士がという感じに、皆が小銃を構え、やがて合州国兵を数千の銃口が捉えた。


「小銃の有効射程に入りました!」


 緊張の一瞬だ。その瞬間、空気は極限まで張り詰める。


「心の準備はいいな?」

「は、はい!」

「よし。全軍、撃て!」


 軽快な号令と共に、戦場は耳が壊れそうなくらいの轟音に包まれた。


 単純計算で、魔導兵1人につき7人のゲルマニア兵。一瞬にして騎兵など殲滅出来る気はするが、そうであったら帝国は苦戦などしていない。


 弾丸は、跳ね返された。


 ヴェステンラント魔導士の鎧には、衝撃を自動的に吸収、損傷を瞬時に修復する魔法が事前に付与されているのである。これを魔導装甲と呼ぶ。


「や、やっぱり……」


 ――無理ではないですか……


 ヴェロニカはこれが絶望的な戦いであると感じた。このまま踏みつぶされて人生も終わるのだと。しかしシグルズの中に作戦中止という考えはない。


「全軍、銃撃を止めるなよ!」

「そ、そんな……あっ!」


 ヴェロニカは嬉しそうにこぼした。


 最初の犠牲になったのは軍馬のようだ。1人の騎兵の馬が倒れ、その兵士が投げ出された。


 ついに銃弾は装甲を貫いたのだ。


 次いで、今度は違う騎兵の、ついに人間の方が力なく落馬した。大地に赤黒い血が滴る。魔法には限界がある。銃を大量に運用し、間断なく攻撃を続ければ、魔導装甲も破れるのである。


 ――やれる。文明の力は魔法を駆逐出来る。


 敵は次々倒れていく。しかし、勢いを完全に殺すには至らず。


 あくまで押し切る気か、銃声が轟音となって響き渡る中でも、兵をしきる角笛の音はますます強まるばかり。


「ま、まだ突っ込んで来ます!」

「いいから落ち着いて。ほら」

「え、あっ……」


 本日二度目の唖然の様子は、空堀にはまった馬を必死に操ろうとしている騎士を見てのものだった。


 もっとも、その哀れな姿にも容赦は出来ない。動けない騎兵などただの的である。


 騎士の死体は空堀の中に力なく落ちた。


 今度は馬をやられた騎兵が剣だけを持って、空堀を越え、身一つで塹壕に突進してきた。その勇気は感服に値するものだろう。しかし残念ながらその勇気は実を結ばない。


 次に立ち塞がる鉄条網に引っかかっていたところで全身を撃ち抜かれ、騎士は死んだ。


「うわっ、柵と空堀ってこんなに強力なんですね」

「これが文明の力だ」


 ヴェロニカは、あまりに一方的な戦闘に、あるいは普段より落ち着き始めていた。


 そしてそれはヴェロニカに限ったことではない。


 ただ塹壕から鉄砲を撃ちかけるだけで死体の山が積み上がる。


 敵は死体を量産する為に突っ込んできてくれる。


 昨日までの両軍の関係とは全く真逆の光景を、シグルズは現出したのである。


 ――満足、満足。これがあるべき戦争だ。


 しかし、これで終わる合州国ではないようだった。


「新しい魔導反応です! 強さは……な、まさか……」

「どうした?」


 つい先程まで余裕を見せていたヴェロニカが、たちまち青ざめていく。


 余程の数の援軍が現れたか、或いは余程の強さの魔女が現れたかのいずれかだろう。


 いずれにせよ芳しくはない。


「これは……間違い、ありません。あの白の魔女が、近くに、います……」

「なるほど。白の魔女か」


 ヴェロニカがたどたどしく告げたのは、合州国最強の五大二天の魔女の一角、白の魔女、クロエ・ファン・ブランの名。


 名前くらいは誰でも知っている。


 世界に9人、ヴェステンラントに7人のみが認識されている、五千人隊レギオー級の魔女である。

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