ステイホームのゴーストライター

宵野暁未 Akimi Shouno

ステイホームのゴーストライター

 私はゴーストライター。

 依頼主は数多くのゴーストライターを雇って競わせているが、私はいつもビリ。私の書く物語は、依頼主からは全く相手にされず、他のゴーストライターが多量に貰っている💗や★もあまり貰えていない。なので、給料も貰えない修行中の身から抜け出せていない。


 ゴーストライターだから、当然ながら自分が書きたい物は書けない。依頼主からの細かい仕様書に従って書いている。どんなに駄作でも、とにかく書かなければならない理由が私達ゴーストライターにはあるのだ。


 仕様書では、コロナ禍における人々の生活が1年前からの大前提となっている。始めの頃は、大混乱や恐怖、経済的困窮、テレワークの始まり、Go To キャンペーンなど、新たな指示が次々に送られてきて、私達ゴーストライターも適応するのが大変だった。


 私に指示されている物語の主人公はお一人様だ。

 主人公は仕事もあってそれなりの収入も得ていたが、父親の急死を契機に離職して実家に戻り、一緒に住んでいた母親が重い病気にかかり、母親の通院に付き添いながら自宅で看護していたが、自身も病気になった為に母親を入院させざるを得なくなった。

 そこへ追い打ちをかけるコロナ禍。主人公は、もう1年も母親に面会できていない。実家とは言え、両親が引っ越しを繰り返した結果、主人公には縁も所縁ゆかりもない町で、知人も友人も居ない。

 誰との会話も無い主人公の独白だけの物語。書いている私自身も全く面白くないと思っているが、依頼主からの仕様書がそうなっているのだから仕方ない。

 面白くないのは私のせいではないと思う。


 依頼主からの仕様書に新たに加わったのがという条件。登場人物達の気持ちを知る為には似た環境に身を置くことが大事だと言われ、私達もステイホームを命じられた。

 一歩も部屋を出られない状態で、一歩も部屋を出られない住人達の物語を書いている。仕事の依頼もテレワークで受け付け、原稿も書けた分ずつ依頼主のサイトに公開している。


 昨日もまた、書いた物語の公開直後、依頼主から「面白くない」とコメントが来た。

 他のゴーストライター仲間の作品をちら見すると、依頼主がたくさんの💗や★だけでなく「素晴らしい出来栄えに満足。この調子で頑張ってほしい」などのコメントを与えて評価している。全くやりきれない。

 私にはこの仕事に向いていないのかもしれないとも思うのだが、ここまで書いてきて途中でやめることは許されない。


 私は、サイトの問い合わせ窓口から依頼主にメールを送った。


「面白くないとのコメントを頂いたのですが、面白くする為には、もっと刺激的な事件が必要だと思います。私の方で事件を創作して盛り込んでも宜しいでしょうか?」


 すぐに返信があった。


「例えば、どのような事件を考えているのですか?」


私は、すぐさま、日頃から頭に浮かんでいるジェットコースター並の展開をメールした。


「一人暮らしの自宅に強盗が入って殺されかけるとか、たまたま宅配を届けに来たお兄さんがイケメンで、主人公を身をもってかばって強盗に殺されてしまい、主人公は心を病んで、ついには自殺未遂を図り、ステイホームゆえに誰にも発見されずに命を落とす寸前で、留守だと思って侵入した空き巣泥棒に発見されて救急搬送され、見舞いに来たイケメン空き巣泥棒と恋に落ち……という上下左右に揺すぶられる展開など如何いかがでしょうか?」


10分も経たずに解答がきた。


「安易に刺激的な事件に頼るのは感心できません。貴方は登場人物を不幸にしたいのですか? 登場人物に愛情を持ち、を丁寧に細やかに描くことにより、お一人様の何気ない日常にも幸せがあることが伝わるような物語を期待しています」


 私は溜息をついた。何が「お一人様の何気ないの日常にも幸せがある」だ。依頼主は本当にそんなことを思っているのだろうか。


 私だって、本当は主人公を幸せへと導きたいのだ。だが、主人公と同様の孤独なを強いられてる私が全く幸せを感じられないのに、どうして幸せな物語を書けると言うのだ?


 しかし、依頼主からのコメントは絶対だ。私は、もう一度、今まで書いてきた主人公の生活を振り返り、主人公の幸せについて考えてみた。


 母親に会わせてあげれば、主人公は嬉しいに違いない。だが無理だ。依頼主からの条件で、病院は感染対策の為に面会が禁じられている。

 テレビ電話での面会はどうだ? いや、ダメだ。母親は長い入院生活で認知症となり、最早、家族である主人公の事を忘れているという設定だった。テレビ電話では会話にもならない。主人公は、ますます悲しむことになるだろう。


 主人公は、毎日きちんとバランスの取れた食事を作って食べ、適度な運動もする健康的な生活が自慢だった。栄養バランスの取れた美味しそうな料理を楽し気に作って美味しそうに食べる様子を描写してはどうだろう。

 あ、いや、これもダメだ。主人公は1年ものステイホームですっかり意欲が低下し、食欲も落ちて、料理をする喜びも失ったと書いたんだった。再び料理に目覚める為には何かきっかけが必要だが、依頼主は事件は起こさずに日常を描けと言うし。


 では、恋愛はどうだろう。幸せと言ったら、やはり恋愛は外せない要素だ。恋人ができれば主人公も生きる喜びを感じ、食欲や料理をする意欲も沸いて、恋人に料理を振る舞ったりするのではないか。私も、主人公に恋人ができて幸せになって欲しい。

 しかし、依頼主からの仕様書では、婚活イベントなども中止されている。主人公はネットが苦手で奥手な設定だ。未だにツイッターやラインもやっていない主人公が、急にマッチングアプリで恋人探しを始めるのも唐突過ぎる。

 尋ねてくる友人も居ないという設定だから、マッチングアプリを勧めたり、応援したりする友人を登場させたくてもできない。

 この主人公の設定、どうにかならないものか。


 私は、もう頭がこんがらがってしまった。

 私達ゴーストライターは、毎日決められた時間までに物語を仕上げ、依頼主のサイトに公開しなければならないのだが、少しくらいなら休憩する時間もあるだろう。


 私は、コーヒーを入れてモグモグタイムにすることにした。物語を書く作業はとても頭を使うから、糖質の補給が欠かせない。お湯を沸かし、その間にコーヒー豆とカップを準備し、いつものチョコ菓子も棚から取り出す。


 ヤカンがピーと鳴って沸騰を知らせる。

 しまった! 沸騰直前で止めるはずだったのに。

 回すようにゆっくりとお湯を注ぎ、軽く蒸らす。

 ああ、なんて良い香りだろう。至福の時間だ。

 残りのお湯を注ぎ、出来上がったコーヒーを気に入りのカップに入れ、大好きなチョコ菓子と一緒にトレーに載せて、日差しの入る窓際のテーブルへと運ぶ。

 ソファーに寄りかかり、チョコ菓子とコーヒーをゆっくりと楽しむ。

 私は、少しだけ昼寝をすることにした。これもまた、の贅沢。


 けたたましい電話のコールで私は目が覚めた。

 すっかり熟睡してしまったらしい。

「締め切り時間を過ぎているんだがね。まだ物語を公開できていないのは君だけなんだが」

 私は、時計を見て青くなった。

「すみません。すぐに書いて公開します」

「君のせいで、また、世界の時間を停止しているんだぞ」

「はい、申し訳ありません」

「どんな駄作でもいいから、とにかく急げ。分かっているだろうが、時間切れでゲームオーバーになったら、全人類が振出しに戻ってしまうんだからな」


 私は、急いで物語を書き上げて公開し、ギリギリでゲームオーバーを免れた。


 私達の依頼主は神様。

 神様からの仕様書通りに、地球の人間達の物語を書き続けるのが私の仕事。私が書く事をやめたら、私が担当してきた物語の主人公は死ぬしかなくなる。だから、休むことなく物語を書き続けるしかないのだ。


 私のつまらないは、日々こうして過ぎていく。


 あなたのもつまらない?

 無能なゴーストライターのせいだったのかって?


 気持ちは分かるが、落ち着いてくれ。

 責任の半分は私達ゴーストライターにあるかもしれないけれど、大半は、神様の仕様書のせいなんだからね。

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ステイホームのゴーストライター 宵野暁未 Akimi Shouno @natuha

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