まもなく、騒がしい幼馴染があなたの時間を侵略しに参ります
香珠樹
まもなく、騒がしい幼馴染が、あなたの時間を侵略しに参ります
俺は、一人で家の中でゆったりとした時間を過ごすのが好きだ。
映画だって本だって、誰かと一緒だと全くもって集中できない。逆に言えば一人だと結構集中できるんだが……それがいいことなのかはわからない。世の中にはマルチタスクを淡々とこなせる猛者がわんさかといるわけで、彼らに比べれば俺は劣っているのかもしれない。
まあ、そんなことは今はいい。最終的に楽しめれば俺はなんだっていいからな。
――だが、そんな俺の楽しみを邪魔してくるやつがいるのだ。全くもってけしからん奴だと思う。
そしてその時。「ピコンッ」というメールの着信音がした。
……噂をすればなんとやら、ってか。
溜息をつきながら俺は手に持っていた本を置き、スマホをその代わりに持つ。
『ゆーくん、今からそっち行くね〜っ!!!!!』
『来んな』
ほぼ反射的に返信する俺。もう何百回も繰り返した会話であるからして、思考するよりも早く手が動く。もっとも、この三文字に限るのだが。
すぐに既読はつくものの、相手からの返信は来ない。いつものことだ。
なんてったって――
「私、参上っっ!!!」
――返信するよりも、家に着く方が早いからだ。
玄関口から発生した騒音を俺はスルーする。
きっと今のは幻聴だ。今回こそ、俺の言ったことに従って諦めてくれたはずなんだ……っ!
「おーいゆーくん。お出迎えはー?」
「…………」
「おーい」
「…………」
「…………」
……ふぅ、やっと幻聴が消えたか。これで一安心だ。
俺は再び手に本を取り――
「私が来たっ!!!」
「お前は来んなっ!!!」
バン、という音と共に、俺の部屋の扉が勢いよく開かれた。くそっ、今回もやっぱり来たのか……。
「もー、なんでいつもゆーくんはお出迎えしてくれないの? 酷いよ! 訴えるぞ!」
「罪状は?」
「幼馴染である私のことを無視した罪。求刑は終身刑! 私と永遠に一緒にいなさーいっ!」
「やだ」
「えー、本当は嬉しいくせに〜」
「嬉しくない。それといつも言ってるが、勝手に部屋を物色すんな。帰れ」
「やーだぷぅ」
あぁ、本っ当にやかましい。
なんで母さんはこんな騒音に家の合鍵を渡したんだよ……その合鍵が奴のもとある限り、俺に平穏は訪れないんだが。
「……で? 今日は何の用だ、こんな休日に」
「ん? 別に何もないけど。ただ暇だったから来ただけだよー」
「…………」
だから、なんで暇だった時の行き先が俺の家なんだよっ! せっかく今日は母さんたちが外出してるってのに。
だがそれを言っても無駄なことはこれまでの体験でわかっている。言ったところで体力の無駄にしかならないからな、こいつに対しては。
本日何度目かのため息を吐いてから、俺は今日こそこのやかましい幼馴染を完全に無視してやることを誓い、再び本に目を落とす。
「ねー、今日はなんの本読んでるの?」
「…………」
「無視しないでー」
「…………」
「やーい、ゆーくんさんやーい」
「…………」
「…………あ、なにこれ……って、昨日の数学のテストじゃん!」
「っ、ちょ、やめろっ! 見るなっ!」
慌てて奴の持つ一枚の紙を奪いにかかる。
けれども現実は悲しいもので。
趣味がインドアな陰キャな俺と、常時テンションMAXかつ体力がいつでも有り余っているようなこいつの間には、いくら性別の違いがあるとはいえ埋められない差があって。
「ふーん、ゆーくん36点だったんだ〜。相変わらず数学は苦手なんだねー」
「くっ、いっそ殺せ!」
「あ、それがいわゆる『くっころ』ってやつ? リアルで初めて聞いた〜」
「俺も生まれて初めて言ったわ!」
そうして俺達の取っ組み合いの奪い合いが始まり――ドサッという音と共に、俺達はベッドに倒れ込んだ。……俺が奴を押し倒す形で。
奴の顔はほんのりと赤く染っており、至近距離で見詰め合うことになった俺は、押し倒した奴の憎たらしいほど整った顔をしばらく呆然と眺めてしまった。
「……ゆーくん、するの?」
「っ…………するか、ボケっ!」
俺はサッと奴の手からテストを奪い去り、何事も無かったかのように読書を再開する。
「……ゆーくんの意気地無し」
「…………」
……俺は何も聞かなかった。うん、きっとそうだ。
「そ、そうだ! ゆーくんお菓子出してよ!」
「もう勝手にしろよっ!!」
どうやらやはり、俺の「おうち時間」とやらは、こいつに侵略される運命にあるんだろうな。
リビングにお菓子を探しに歩いていく奴の姿を見ながら、俺は深ぁく溜息をつくのだった。
まもなく、騒がしい幼馴染があなたの時間を侵略しに参ります 香珠樹 @Kazuki453
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